第253話 美咲からみる双葉

「じゃあね、りんくん。また来週ね」

双葉を家の近くまで送った俺は、ようやくホッと一息ついた。家まで特に問題もなく送り届けられたのは何よりだ。さて、これから一人で自分の部屋まで戻るか。


「おう、またな」

そう答えて踵を返そうとしたその時、背後から声がかかった。


「あ、りんくん」

双葉が俺を呼び止める。


「どうした?」

振り返ると、彼女は少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「今週は色々ごめんね。私、もっとちゃんとするから」

彼女の目は真剣だ。


「そんなに気にするなよ。誰だって悩むことはあるもんだ。そんなことで嫌いになったりしないから、安心しろ」

俺の言葉に、双葉はふっと表情を和らげた。


双葉の性格はよく分かっている。彼女は誰よりも優しく、弱い人間に寄り添うことができる人間だ。でもその優しさは、自己犠牲の上に成り立っている部分がある。だからこそ時折、その心が疲弊してしまうのだろう。「依存」と批判する人もいるかもしれないが、双葉のその姿勢は、彼女自身が孤独を知っているからこそなのだろう。俺にとっても、双葉は「いいやつ」だと思える存在だ。


「ありがとう」

双葉は笑顔を見せると、俺を見送った。


「戻った」

部屋に帰ると、エプロンを着けた美咲が待っていた。髪を後ろでまとめ、何かの準備をしているようだ。


「お帰りなさい」


「今日は何だ?」

俺が尋ねると、美咲は鍋の蓋を少し開け、中を覗き込んだ。


「鍋を作ってます。もう少しでできるので、先に休んでいてください」

冬に鍋とは、よく分かっているじゃないか。俺は素直に指示に従い、椅子に腰を下ろした。


すると、美咲がこちらに目を向けながら質問を投げかけてきた。


「双葉さん、何か言ってましたか?」

他人に興味を示さない彼女がこういう質問をしてくるのは珍しい。


「ああ、好印象を持ってたみたいだぞ。仲良くしたいってよ」

俺が答えると、美咲は少しだけ目を細めた。


「なるほど。それでですか…」


何やら呆れたような声が聞こえてくる。


「何がだ?」


美咲は箸を置くとスマホを手に取り、俺の方へ歩いてきた。そして、画面を俺に見せながら言う。


「今こうなってます」


画面には、双葉とのメッセージのやり取りが映し出されていた。しかし、やり取りというよりも一方的にメッセージが送られてきている状態だ。何通もの未読メッセージが溜まっている。


「さっきまで通知オンにしていたんですが、あまりに多くて切りました。これ、嫌がらせですか?」


美咲の冷静な言葉に少し苦笑してしまう。確かにこれだけ一方的に送られてきたら、そう思うのも無理はない。


「いや、嫌がらせじゃないだろ。仲良くなりたいんだと思うぞ」


「返信もできていないのに、次のメッセージが送られてくるんですけど」


「それだけ話したいことが多いんじゃないか?」


俺がそう言う間にも、メッセージの通知音が鳴る。双葉らしくないと感じる部分もあるが、裏を返せばそれだけ美咲と話したいのだろう。


「それならいいんですが……」


美咲は少しだけ不満そうな顔を見せると、ふっと溜息をついた。


「お前こそ、どうだったんだよ。双葉のこと」


「悪い人ではないですね。私との距離感も分かっているようで、他の女子よりはまともです」


美咲のその言い方には、どこか辛辣な響きがある。だが、その評価がどれだけ正確かもよく分かる。彼女の周りには、付き纏うような人間が少なくないのだ。普通に接してくれるだけでも、相対的に評価が上がるのだろう。つまり、俺と同じで「普通なら十分」だということだ。

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