第28話 妹遊びにくる
あー……これはまずい。とても、非常に、危険な状況だ。
妹の琴音が家に来る。そこまではいい。いや、正直ちょっとめんどくさいけど、まだ許容範囲だ。問題は――隣に椎崎がいること。しかも、よりにもよって今日は彼女と話すために訪ねてきていた。
琴音に見られたらどうなるか。目に浮かぶ。百発百中で聞いてくるに決まってる。「え、彼女?付き合ってるの?」って。それも、冗談半分じゃなくて、妙に真剣なテンションで。しかもその話をどこまでも広げて、根掘り葉掘り聞いてきて、挙句には他の誰かにまで話し出す。
そんな勘違いをされたら椎崎からしても大迷惑だ。俺の立場も、信用も、どっかに飛んでいく。
……何としてでも未然に防がなければ。
だから俺は、椎崎の部屋の前で、緊張しながらインターホンを押した。
ピンポーン。
「……なんですか?」
ドアが開くと同時に出てきたのは、やや不機嫌そうな椎崎。寝起き……ではなさそうだが、眉間にしわを寄せている。
「朝早くから悪いな」
「私は早起きなので別に構いませんけど……何かご用ですか?」
声に棘はないが、機嫌がいいとも言えない。だがここで引き下がるわけにはいかない。
「今日……予定あるか?」
「特には。どこか行きたいんですか?前回付き合ってもらったので、私も付き合いますよ?」
「いや、それがだな。ないならいいんだ。むしろ、その、今日は一日……できれば家から出ないでもらえると助かる」
会わなければ問題ない。簡単なことだ。外に出なければ琴音と鉢合わせることもない。それだけで全てが平和に済む。
「……は?」
椎崎の目が細くなる。何かを察したような、あるいは不快感を隠さないような視線。
「なんであなたにそんな制限されなきゃいけないんです?」
完全に不信感だ。言葉にも表情にも、棘が刺さってる。
「いや、ちょっとしたトラブルが起こりそうで……未然に防ぎたくてな」
「ふうん。……どんな?」
「……妹が来るんだ。で、お前がその場にいると、ちょっとややこしいことになりそうで」
「ややこしい、ですか? それ、私が“邪魔”だってことですか?」
……言葉選び、完全にミスった。もっと柔らかく言うべきだったのに。
「いや、違う。気分を害したなら謝る。そういう意味じゃなくてだな……」
頭を下げる俺を、椎崎はじっと見つめる。冷静に、けれど興味を強く持っている目。
「じゃあ、どういう意味なんですか? 私と妹さんが会うと、あなたにとって何が“まずい”のか、ちゃんと説明してください」
「……いや、そこまでじゃなくて、とにかく今日は外に出ないでくれ。それで全部済む話なんだよ」
俺の言葉を聞きながら、彼女の瞳がじわりと輝きを帯びていく。興味――いや、確実に“悪戯心”だ。
「ふうん、話す気がないと。なら……」
椎崎は突然外に出てきて、扉を閉め、鍵をかけた。
……鍵、かけた!? 待て、それって――
「じゃあ今日は、あなたの家か、その前で妹さんを待つことにします」
終わった。
「やめろ、マジでそれはやばいから!お願いだから!!」
「別にいいじゃないですか。こんな可愛い子と一緒にいたら、誤解されるのも当然でしょ?」
にっこりと、満面の笑顔。完全にノリノリである。これは火に油だ。
「……わかった。だったら頼む。いつも通りのテンションで、明るく接してくれ。そして万が一、妙なことを言われたら――きっぱり否定してくれ。頼む」
俺の必死の願いに、椎崎は呆れたように肩をすくめる。
「はぁ……。そこまで言っても、まだ何が問題か言う気ないんですね。会わせる気もないんですね。だったら今日は……黙ってますから。穴埋めは、ちゃんとしてくださいね?」
その時だった。
「……ん?」
彼女の動きがピタリと止まる。目線は俺の背後に向いている。
「……どうした?」
「う、うしろ……」
カシャ。
シャッター音が聞こえた。振り返るまでもない。聞き覚えのある声が、すぐそこから聞こえてきた。
「お兄ちゃんが美人さんと一緒に……え、え、え? 彼女!? 彼女だよね!?!?!?」
そして、駆けてくる足音。
「はじめましてっ! 私、りんにぃの妹の琴音です! りんにぃとはいつからお付き合いを!?」
「え、えーっと……その……」
あの椎崎が、珍しく動揺している。琴音のテンションに完全に飲まれてる。
――こうして、地獄の幕が盛大に上がったのだった。
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