第五話 転校生は俺と話せる。

 椎崎に「学校へ行け」と言われ、その一言で休む予定はあっけなく崩れ去った。

 逆らえば後々面倒なことになる――それは、痛いほどよく分かっている。余計な口を挟まず、黙って従う。それが俺にとっては一番平和な生き方だ。


 けれど、学校へ行ったところで何が変わる?

 嫌われ者の俺が、人気者の彼女と同じ場所で過ごすこと自体、もはや罰ゲームに近い。椎崎が何を言おうと、学校での彼女の人気は絶対的だ。どんなに俺が否定しても、彼女の「嘘」が“事実”として塗り固められてしまう。それが何より厄介で、何よりも疲れる。

 本当は――逃げ出したい。だが、その勇気もない。俺の小さな世界は、もうとっくに椎崎に縛られてしまっている。これが、椎崎の権限に支配された生活ってことか。


 彼女が家を出て学校に向かったのを窓から見送り、少し時間をずらして俺も家を出た。

 一緒に登校するところを見られたら厄介だから。余計な噂の種になるだけじゃない。俺に近づく彼女の行動が、他人の目には「挑発」か「悪趣味」に見えるだろう。そんなことで、これ以上俺たちの生活がかき乱されるのはごめんだ。


 休むつもりでいたせいか、登校時間はギリギリになりそうだった。

 歩きながら、なぜか椎崎のことが頭をよぎる。普段なら気にもしないのに、今日は妙に遅刻してないかと気になっていた。……俺がそんなふうに思うなんて、らしくない。


 そんな考えが頭をよぎったとき、不意に肩に何かが触れた。

 振り返ると、涙目の女子生徒が立っていた。制服はうちの学校のもの。だが、顔に見覚えはない。

「……あ、あの、すみません」

 声がかすかに震えている。不安と緊張が入り混じった表情。俺より年上かもしれないし、単に俺が記憶していないだけかもしれない。

「どうしました?」

 ひとまず状況を確認してみる。この時間ってことは遅刻ギリギリだろうし、焦ってぶつかっただけかもしれない。

「……学校の場所が、わからなくて。一緒に行ってもいいですか?」


 この時期に学校の場所が分からない。つまり転校生か。始業式早々なら理解できるが、こんな中途半端な時にめずらしい。

 それに普通、見知らぬ男子に声をかけるのはためらうはずだ。それをいとも簡単にやってのけるその無防備さに、少し驚いた。

「いいですよ。同じ方向ですし」

「ありがとうございます! 私、双葉蒼花(ふたば あおは)っていいます。事情があって、この時期に転校してきたんです」

 声は明るいが、緊張が抜けきらないぎこちなさが残っている。

「そうですか。俺は草加倫太郎です」

「倫太郎君、よろしくお願いします!」

 ……いきなり下の名前で呼んできた。距離感が近い。そう思いながらも、案内を続けた。


 歩くあいだ、双葉は遠慮なく質問を重ねてくる。

「倫太郎君って、この辺に住んでるの?」

「今は一人暮らししてます」

「……一人暮らしか」

 一瞬、双葉の表情が曇った。その小さな変化に引っかかりを覚えたが、追及はしなかった。

「すごいね! 私には絶対無理だろうなぁ」

 すぐに明るさを取り戻す彼女に、少しだけ安堵する。

「一人暮らしって言っても、ただの怠惰な生活だよ。自炊もしないし、ゲームばっかり」

 椎崎という管理者がいるというプレミア付ではあるけど…

「でも、一人ってだけで私は不安かな。夜とか、怖くないの?」

 女子ならではの感覚なのかもしれない。

「寝るだけですし」

「だ、だよね」 


 まだぎこちなさが残ってはいるが、気づけば会話は自然だ。どこか懐かしく感じてしまう。普段、誰とも深く話さない俺が、こんなに軽く口を開くなんて、自分でも不思議だった。

 ……ただ、その裏に微かな警戒心の匂いも感じ取っていた。けれど、それすらも彼女の柔らかな声と笑みにかき消されていった。


「そういえば、何年生なんですか?」

「1年。たしか2組だったかな」

 同い年だったか。それに2組。同じクラスだ。いろいろと厄介なことになりそうだ。

「学校では俺に話しかけないでくれ。今日のことはなかったことにしてほしい」

 俺と仲良くしていると思われれば、彼女まで嫌われるかもしれない。最悪の場合、女子たちの標的になるのかもしれない。転校初日にそんな目に遭わせるわけにはいかないな。

「え、いいの? 私の手柄にしちゃって?」

 そっちの解釈かよ……。ところどころ抜けてるところがあると思ったが、俺の想像を超えているのかもしれないな。

「ああ、そうしてくれ。初日から一人で学校に来られたって自慢してくれ」

 とりあえず、彼女に合わせておいた方がいいだろう。

「ありがとう! やっぱり倫太郎君って優しいんだね!」

 ……能天気で助かった。これなら問題は起きなさそうだ。


 校門が見えるころには、双葉の表情はすっかりほぐれ、無邪気な笑顔を見せていた。俺になれるのが早すぎるし、相当コミュニケーション能力は高いのはたしか。俺と離れてほかの人と仲良くなるのもすぐだろうな。

 少しだけ話した双葉蒼葉。彼女がどんな生活を送るのか…俺には関係ないことか。

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