第42話 痛みのなかでの登校

 筋肉痛が思っていた以上にしつこく、体の芯からじわじわと疲労が滲み出ている。昨日一日で治ると思っていたが、現実は甘くなかった。二日目の朝、ベッドから立ち上がった瞬間に膝から崩れ落ちそうになって、ようやく自分の身体の衰えを本格的に実感する。


 ……まさかここまでとは。

 高校に入ってから琴音と距離ができ、自然と運動量が減っていたのは確かだ。それでも、たった半年でここまで体力が落ちるとは思わなかった。俺の身体、もう老化始まってんのか?


 しかも、あの2人――双葉と琴音が仲良くなりつつあるという事実も地味にキツい。今日の出来事が妹に筒抜けになれば、また地獄のようなトレーニングが始まるに違いない。それだけは全力で回避したい。だから、どれだけ足が悲鳴を上げていようが、這ってでも登校せねばならない。


 それにしても、椎崎……あいつ、ちゃんと進路の話してくれたんだろうか。なんだかんだで俺にとって重要な存在になっている気がして、少し気になってしまう。いや、それどころじゃない。

 一歩踏み出すたび、足の筋肉がピキピキと警報を鳴らす。地味に、いや、めちゃくちゃきつい。今日が体育なしの日で本当に助かった。もし授業にあったら、確実に倒れてた。


「りんくん、おはよ!」


 双葉の明るい声が耳に飛び込むと同時に、その小柄な身体が勢いよく俺に飛びついてきた。その瞬間――


 激痛。

 全身に電撃が走るような感覚。特に太ももとふくらはぎ。重さというより“衝撃”でやられた。足元がぐらつき、俺は反射的に膝をついた。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫!? ごめん、びっくりした?」


 双葉が慌てて俺から降り、心配そうに顔を覗き込む。


「……いや、ただ、ちょっと力が抜けただけだ」


 ……筋肉痛って、こんなにやばかったっけ?

 いやいや、これはもう捻挫に近い。昨日までは普通に歩けてたのに、夜のうちに一体何が起きたんだ、俺の足。


「そっかー……あ! 私、早く行かなきゃだった! りんくんも行こ!」


 そう言って立ち上がった俺の腕を、双葉が強引に引っ張る。え、ちょっと待っ――


「おい、なんで俺まで急がなきゃいけないんだよ!」


 走らされる。強制的に。足、壊れかけてるってのに!


「つべこべ言わないっ!」


 双葉の明るい声が逆に地獄の鐘に聞こえる。マジで無理。走るたびに筋肉が悲鳴を上げてる。たぶん、今の俺なら五歳児にも負ける。


「……りんくん、足……ケガしてるの?」


 ようやく気づいたようだ。その声には、申し訳なさと心配が入り混じっていた。


「……筋肉痛だよ。超ハードなやつな」


「えぇ!? 先に言ってよ、もう!」


 双葉はあわてて俺の腕を放し、立ち止まる。まだ急がなきゃいけない予定があるのか、そわそわして足を踏み鳴らしている。だけど、俺の方を何度も見ているあたり、本気で気にしているのが伝わってきた。


「……いいよ、先に行って」


 俺の言葉に、双葉は少し戸惑いながらも頷いた。


「ごめん。ほんと、ありがとう!」


 彼女の背中が遠ざかっていく。まるで子犬のように素直で、まっすぐで、少しばかり強引な彼女。その姿が見えなくなって、ようやく自分のペースで歩き出せた。


 ……久しぶりだな、この静けさ。


 耳を澄ませば、自分の呼吸と足音しか聞こえない。見慣れた通学路、変わらない町並み。けれど、その中に、微かな違和感が混ざっている。


 ――寂しい。


 ほんの数週間前まで、これが“日常”だったはずなのに。事件が起き、椎崎が現れ、双葉が絡んでくるようになって――気づけば、一人でいる時間がほとんど消えていた。


 俺は、孤独に慣れすぎていた。でも、それが崩れた今、その「静けさ」に、むしろ戸惑っている。

 椎崎の鋭い視線も、双葉の騒がしい笑顔も、琴音の無言の優しさも――それがあって初めて、自分が「ここにいる」と実感できていたのかもしれない。


 孤独は、やっぱり、慣れても寂しいままだ。

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