第217話 三学期双葉との朝


美咲が校門をくぐるのを確認し、俺も学校へと向かった。人目はなさそうだし、これで大丈夫だろう。靴を履き替えて教室へ向かう途中、背後から勢いよく声がかけられる。


「りんくん、おはよ!」


振り返る間もなく双葉が勢いよく抱きついてくる。相変わらず元気いっぱいの声に、少し気が緩んだ。冬休み中、双葉には一度だけ会った。その時は少し心の内を聞けたが、普段と変わらない姿を見ると安心する。


「おはよ」


俺はいつも通りのそっけない挨拶を返す。すると双葉は少し目を伏せ、静かに言った。


「あの日は本当にありがとうね。なんかね、肩の力が抜けた感じがしたんだ。久しぶりにあの場所に行けてよかったよ」


「そっか。無理するなよ」


「うん、大丈夫。けどさ、りんくんがいてくれたからだよ」


双葉の笑顔がほんの少し切ない。そうやって、人に感謝を伝えられるのはすごいなと思う。


「また行きたくなったら声かけろ。付き合うから」


「本当?じゃあ、次は友達も一緒に行こうかな」


双葉の言う“友達”は、あの時助けてくれた人だろうか。彼女が少しずつ周囲に頼れるようになっているのは、良いことだと思う。


「いいぞ。何人でも呼べ」


「りんくん、心広いんだか適当なんだか分からないよね」


双葉が冗談っぽく笑う。俺も口元を少しほころばせながら答えた。


「どっちもだな」


「うん、そのままでいてね!」


3学期が始まったばかりだが、俺の予定は少しずつ埋まってきている。昔なら考えられなかったことだ。そんな時、双葉が突然、声のトーンを上げて言い出した。


「それでさ、今日の放課後なんだけど――一緒にどこか行かない?」


少し身を乗り出してきた双葉に、俺は一瞬考えたが、すぐに思い出した。今日は美咲との約束があった。双葉の話を詳しく聞く前に、仕方なく答える。


「ごめん、今日は予定があるんだ」


「あ、そっか……なら仕方ないね」


一瞬落ち込んだように見えたが、すぐに明るい声で続ける。


「また今度誘うから、ちゃんと覚えててよ?」


「わかってる。今度はそっちを優先する」


「ほんとに?じゃあ、約束ね!」


双葉の瞳が輝いた。彼女の期待を裏切るわけにはいかない。とはいえ、美咲との約束を破るのも簡単ではない。次のタイミングをうまく作ることが大事だ。


「だけど、あんまり無理しないでよ。りんくん、時々自分のこと後回しにしすぎだし」


「そうか?」


「そうだよ!だから、無理しない範囲で、ね?」


「わかった」


双葉は満足げに頷くと、席に着いて窓の外を見つめ始めた。その横顔を見ながら、俺は胸の中で何か言葉を飲み込んだ。きっと彼女も色々と思うところがあるのだろう。俺にできることがあるなら、少しでも手を差し伸べていきたい。

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