第104話 人として大切なこと

 その後も雑談交じりで話を続ける中、帰還方法について訊ねてみようと思えた。

 これだけ上の方が揃っているし、何かしらの情報は手に入るかもしれない。


 ざっとこれまでの経緯を話しつつ聞いてみたが、残念なことに元いた世界へ戻る手段はこの場にいる誰もが知らないようだ。


 それも当然かと妙に納得してしまった。

 世界を越えるなんて、人にどうこうできるものじゃないからな。

 異世界人を召喚できるなら送り返すことも可能なんじゃないかと考えていたが、どうやらその逆はできないと言われているらしい。

 つまるところ、一方的に呼び寄せるだけなのかもしれないな。


 もちろんこの情報は曖昧なものどころか、伝承によるもののようだ。

 王城で実行した魔術師から直接聞いたわけでもなければ、異世界召喚すら伝説上の儀式と思われていることもあって、実際に異界から人を召喚するなんて不可能だろと言葉にする人も少なくはないのだとか。


 寂しげな空気でも表情から溢れていたんだろうか。

 帰れないと確定したわけでもないのだから、あまり気にするなとマルガレータさんはどこか申し訳なさそうに話した。


「……悪いな。

 私らも"異世界人"に逢うのは初めてだし、そういった情報は自然と入ってくるものでもないからな」

「実のところ、魔王の存在すら我々は疑問視しとる。

 こんな小さな町を襲うとも思えんが、少なくともその影響を感じさせる事象もこれまで起きてないのが現状だからの。

 むしろパルムでは"酒の出来"ばかりが取り沙汰されるくらいか」

「商人からも魔王を思わせる情報は流れていません。

 王国のために勇者が呼ばれた可能性も十分に考えられるかと」


 それも考察していたが、実際そうだとすると本当にロクでもない国と言える。

 さすがに決めつけるには早いし、それを確信したわけでもない。

 だが、一条をこの国から遠ざけたほうがいいと思えた。


「そういや、サウルとヴェルナのふたりと合流したらパルムを出るんだよな?」

「あぁ、そのつもりだよ」

「トルサに戻るのか?」

「いや、俺たちは西を目指すよ」


 思えば、ウルマスさんにもこの話はしてなかったな。

 黙ってることでもないし、何か情報が聞けるだろうか。


「……"西の果て"、ねぇ。

 噂じゃロクな話は聞かないが、特に何もないと私は思うぞ。

 本来なら他国まで向かわせるギルド依頼をいち冒険者に直接頼むことはない。

 そういうのは調査する場所に近い冒険者ギルドに書簡を送るはずだからな。

 だが、アウリスの爺さんにも何か思うところがあるんだろ。

 昔から食えない人だったからな」

「アウリスさんとお知り合いだったんですか?」


 少し意外に思えたが、よくよく考えてみれば彼女は元冒険者だと聞いたし、別段不思議なことでもなかった。


「アウリスの爺さんは私の訓練教官で、色んなことを教えてもらったよ。

 これでも随分と努力したつもりなんだが、結局一本も取れず仕舞いで別れたな」


 嬉しそうに、だがそれ以上に懐かしそうな表情を彼女は見せた。

 古い付き合いであれば、そう反応するのも当然なのかもしれないな。


 会いに行きたいのに会いに行けない。

 どこか切なさを感じさせる気配が彼女から抑えきれずに溢れてた。


 ……そうだよな。

 ギルドマスターとして勤めてる者が、軽々しく町を離れるわけにはいかない。

 彼女の役目は冒険者ギルドを纏める長であって、個人的な干渉に流されるような行動を取ってはいけない立場にいるんだろう。


 どこか同情にも似た、失礼とも言える反応を見せてしまったのか、彼女は俺の表情を見て軽く笑いながら楽しげに答えた。


「そんな顔するな。

 確かに会いたい気持ちもあるし、大人になった今なら酒を酌み交わしたいとも思うけどな、職務を放り出して会いに行けば説教食らうのは目に見えてる。

 そういう真面目なところは昔から変わってないだろうからな」


 息をつくようにお茶を口に運ぶ彼女の瞳はとても美しく、澄んだ色をしていた。

 生きていれば何が起こるのか分からないのは俺の世界と変わらないが、それでも彼女たちの関係を純粋に羨ましく思えた。


 今の俺に、そう呼べる人はいない。

 彼女たちの関係を師弟として当てはめるなら、父にあたるからな。

 ふたりの繋がりとは随分と違うが、そういった関係を構築できるような人と出会えるのかは、日本に戻ってから取る俺の行動次第なんだろうな。



 そう思った瞬間、俺は気付いた。

 日本に戻ることになればこの世界の住人とは会えなくなる。

 そんな当たり前のことを、今になって強く意識させられた自分がいると。


 そう感じるほど、俺はこの世界に馴染み始めているんだろうか。

 それどころか、これまで良くしてくれた恩人たちに恩を返すよりも先に、俺はこの世界から離れることになるんじゃないだろうかと深く考えさせられた。


 そんなのはダメだ。

 せめてどんな形であっても受けた恩義は返すべきだ。


 これは武芸者以前に"人として"大切なことだからな。

 少なくともそれを返す日が来るまで、俺はこの世界から離れるべきじゃない。



 ……異世界召喚ってのはマンガや小説の中だけの話に留めておかないと、色々と苦悩することが多そうだ。


 多少なりとも興味はあったのは否定しない。

 でも、実際に身を持って体験してみると、いいことばかりじゃないんだな。


 それを今になって思い知らされたような気がした。

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