第162話 十分すぎるほどの収穫

 俺はこれまでの経緯と、今後予定してる行動を含む依頼について話した。

 内容が内容だけに、カルロッテさんも目を丸くするほど驚いたようだ。


 それも当然だな。

 異世界から来た勇者ではなく、無能として追放された者だからな、俺は。

 ただでさえ驚くべき内容が含まれているのに、さらにその上をいくんじゃないだろうかと思えてならない驚愕の話だ。


「……少し、失礼しますね」


 そう言葉にした彼女は立ち上がり、部屋の隅に置かれた書類棚の引き出しから折りたたまれた紙を手に取り、戻ってきて俺の前に広げた。


「この国全土の地図になります。

 ご覧いただけますように、ストレムブラード王国は北部と南部に広がる大国ですが、東西に関してはそれほど大きくはありません。

 特にセーデルホルム一帯はその中でもさらに狭まった地形で、ラウヴォラ王国側から西へと向かう場合はそう日数をかけずして辿り着けると思いますが……」


 言葉に詰まるカルロッテさんは、何かを考え込んでいるようだ。


 彼女が言いたいことも分からなくはない。

 俺たちが目指す先と思われる場所は、地図上では森となっていた。


「西の果ての調査とのことですが、ご覧の通りこの一帯は森林が広がっています。

 隣町の先は浅い森から深い森へ徐々に変わっていくと商業ギルドでは把握していますので、商人が向かうこともございません。

 何か"特別な場所"としてお聞きしているのですか?」

「いや、特には何も聞いてない。

 ただ"調査をしてほしい"と。

 そして"行けば分かる"と」

「……妙ですね」


 呟くように小さく言葉にしたカルロッテさんだが、それは俺も話を聞いた直後に思ったことだ。


 そもそもストレムブラード王国の最西端の調査を、他国である冒険者ギルドのマスターから依頼されること自体が異例だと素人でも思うし、依頼の詳細も結果的には聞けないまま旅に出た。


 それがどれだけ曖昧で不確かな情報だろうと、右も左も分からない異世界人の俺に数えきれないほど多くの力を貸してくれた人たちに少しでも恩を返せるのならと思ってここまで来たが、やはり気にならないと言えば嘘になる。


 だが、もうひとつ気になることができてしまった。

 そう思えた要因となる言葉で彼女は俺に訊ねた。


「トルサの冒険者ギルドマスターとは、アウリス様でしょうか?」

「他国でも知られてるほど有名なのか……。

 いや、商業ギルドであれば情報として知っていても不思議はないか」


 素直に思えたんだが、どうやらどちらも正解だったようだ。

 もはやどこに驚いていいのか分からなくなってきたな。


「わたくしども商業ギルドは、情報収集にも長けていると自負しております。

 それは大きな都市から小さな町のサブマスターの名はもちろん、商売に関わる情報の多くを集め精査することでコミュニティーを広げているのです。

 特産品があれば、名もない小さな町とも交流がございます」


 ラウヴォラ王国の王都に隣接されるように造られた町のギルドマスターであれば、さすがにストレムブラードでも多くの商人が知るところだと彼女は話した。

 しかし、それを抜きにしても彼ら・・は相当な有名人だったようだ。


 アウリスさんが名の知れた冒険者だったことは分かっていた。

 眼光の鋭さや立ち振る舞いから、相当の手練れなのも気配から伝わるほどだ。

 だがどうやら有名なのは彼だけではなかったのだと彼女の言葉から知った。


 それぞれ世界に散っているが、彼の仲間たちは全員ランクAの中で最もSに近いと言われた凄腕のメンバーで、早期に引退していなければ世界の頂きに立てた最高のチームだったことは間違いないと現在でも言われるほど知られているらしい。


「品行方正な方々が集まったチームで、間違ったことに嫌悪感を抱く姿勢はギルドマスターとしても申し分がないと、当ギルドのマスターからも聞きました。

 かつての仲間たちは故郷へと戻り、それぞれ冒険者とは別の世界で大成し、現在では若手育成のために尽力されているのだと耳にしています」


「……そんなに凄かったのか、アウリスさんたちのチームは……」

「アタシも知らなかったな。

 そういや、師匠のツレとは聞いてたが、だとすると相当の達人だぞ」

「アウリス様の戦友で武術を教えている方といえば、パトリツィア・ジュリエッティ様ですか?」

「あぁ、そうだ。

 その名を聞くだけで鳥肌が立っちまうな」

「そんなに凄い方なのか……」


 ヴェルナさんが思い出しただけでそこまでの反応が体に出てしまうほどの使い手ともなれば、途轍もない達人であることは間違いない。

 会うことができれば、俺も何かを学ばせてもらえるかもしれないな。


「……やめとけ、ハルト。

 師匠は強いやつを見つけると喧嘩を吹っ掛けるタイプだ。

 そんで勝敗に限らず気に入ったやつは大量の手料理を振る舞いながら酒を飲み、昔話を延々と語りながら絡んでくる面倒な婆さまだよ。

 特にハルトみたいな若くて優男の強者が大のお気に入りでな。

 しばらく抱きついたまま離れない酒癖の悪さもあるんだよ……」


 ……なんだ、その恐ろしい悪癖を持った人は……。

 武術以前の話で近寄りがたいタイプじゃないか……。


「……女なら多少は・・・問題ないんだ……女なら……。

 "武神"と恐れられる使い手の中身を知ってると、威厳を感じないんだよな……」


 若干、瞳の色がなくなったように見えたヴェルナさんだった。

 彼女が強くなるためには色々と犠牲にしているのかもしれない……。


「ともかく、森の先がどうなっているのかはさすがに分からないか?」

「残念ながら、セーデルホルム商業ギルドは把握しておりません。

 さすがに交易にも不向きな場所であることが大きいですが、特にこれといった特別な素材を含む品もないため、当ギルドも手を伸ばさない領域になっています」


 とはいったものの、どこか納得した俺がいる。

 町と町、それもその周囲限定の特産物を交易品として行商する者は多いだろうが、不必要に森へ向かう商人などいるはずもなく、当然のように依頼を受けることもない。

 それこそ冒険者の領分だろうから、商業ギルドは関わらないんだろう。


「森の奥は非常に深く、一度でも足を踏み入れると戻って来れないと言われるほどの"迷いの森"となっているのだとか。

 噂ではありますが、何か人を惑わせる影響を受けるとも聞く危険な場所です」

「そうなのか……」


 さすがにその先がどうなっているのかまでは、彼女も把握していないようだ。

 森の最奥には凶悪な魔物が多数生息するだとか、底が見えないほどの絶壁になっているだとか酒のつまみにできるような噂は絶えないが、どれもが信ぴょう性に欠いた情報らしい。


「すみません、この程度の情報しか持ち合わせておらず……」

「いや、十分参考になった。

 これまでは何も仕入れられなかったから、詳細は西に向かいながら調べるよ」


 どうなるかは分からないが、この町でいちばん情報が集まる場所でも知れなかったんだから、あとは西の町で聞くしかない。


 それを知れただけでも、十分すぎるほどの収穫だと思えた。

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