第161話 信頼の置ける方

 トレイに並べられた報酬金は、それぞれに30万リネーか。

 随分と高いが、これも商業ギルドが算出したとなれば素人が口を出すのも失礼に思えた。

 恐らくは依頼を達成しただけではない"付加価値"があるのかもしれないな。


 たとえば、今回俺たちが関わった依頼先に対する信頼、とかだろうか。

 最低限度は保てたとはいえ、かなりの無理を押し通そうとしていたみたいだから、そこを達成すること自体は評価されてもおかしくはないと思えた。


 もちろん納期が多少ズレたのは商業ギルドからすれば痛いが、それでも薬を町から無事に送り出し、必要としてる患者に渡せる発送ラインに乗ったのであれば、十分信頼に足ると判断されるとも考えられる。


 だとすると、俺たちがしたことはカールさんの力になっただけでなく、ひいては商業ギルドの信頼を損なわせないために動いたことになってるのか。


 すべては結果論だが、その"結果"が今回は重要だったのかもしれないな。


「何か、お聞きしたいことはございませんか?」

「いや、特にない。

 力になれて・・・・・良かったよ」

「そう言ってくださると、とても嬉しく思います」


 綺麗な笑顔で答えるカルロッテさんから視線を外すように、俺はカップへ手を伸ばした。

 気持ちを穏やかにする茶葉の香りが心地良く、まるで体に染み渡るようだった。



「ところで冒険者のみなさまは、"商業における商売"とはどのようなことだと思われますか?」


 唐突な質問をされたが、俺は即答できなかった。

 隠された意図でもあるんだろうかと深読みをしすぎたようだ。

 先に答えたヴェルナさんの言葉に納得しながら耳を傾けた。


「そりゃあ、"堅実に金を稼ぐ"ってことだろ?

 人から信頼を得れば、より稼ぎやすい。

 それに金があれば大抵のものは手に入る。

 嫌な話だが、命だって時には買えるからな」


 結構ドライなことを言うんだな、ヴェルナさんは。


 でも、確かにその通りだと俺も思う。

 本当に嫌な話だが、異世界だろうと変わらないんだな。


「……人が人を売り買いする悲しく非道な世界がある一方で、最高級どころではない高額の薬があれば助かっていた命も確かにあります。

 "お金さえあれば"と言葉にした方が絶望に打ちひしがれることも……」


 だからこそ莫大な金額を動かす商人には、"信頼"が何よりも大切なのだと彼女は話した。

 そうすることが商売のすべてに繋がるのだとも彼女は続けた。


「損得勘定では割り切れない信頼は、やがて大きなものとなって戻ってきます。

 信頼とはつまるところ、人と人とが手を取り合うために必要となる最低限度の"慈しみ"の一種だと私は考えています。

 人の人たる所以とも、言い換えられるかもしれませんね」


 金があれば助けられる命も、ほんの一握りにすぎない。

 すべての人を救うなんて、それこそ神にしかできないだろう。

 それでも救えるだけの莫大な資金を動かす可能性の高い商人を生業にするのなら、その気持ちを忘れてはいけないと彼女は強く思っているようだ。


 きっとそれは"誠意"にも言えることだと思えた。

 誠意は信頼を、信頼は人が人を大切に想う心に繋がる。


 そう彼女は信じているからこそ、商業ギルドに在籍しているのかもしれない。



 ……そうか、今やっと分かった。

 カルロッテさんは見た目よりもずっと多くのことを経験している。

 それで俺は彼女の言葉に重みを感じてたんだな。


 思えば商売とは、相手と友好関係を結ぶだけではなく、最悪の形で敵対しかねないものだ。

 "武器"として使えば、一国どころか世界中を敵に回すことすら可能となる。

 だからこそ正しく使わなければならない。


 当然のように、彼女と同じ思想を持つ者は限られているはずだ。

 何も考えずに店を構え、世界一の商会を築こうとしている商人も多いだろう。


 でも、彼女のような尊いと思える思想を持つ方もいるんだと知れたことは、俺にとっても良かった。


 商人ってのは金勘定ばかりをしているんじゃないかと思えるやつもいるんだろうが、カルロッテさんのような方がギルドの上層部にいれば安泰なのかもしれない。



 ……そうだな。

 俺に必要なのは情報と、信頼の置ける方だ。

 そろそろ本格的に情報収集をしてもいいかもしれない。


 ストレムブラード王国の王都は南側だから寄ることもないだろう。

 これだけラウヴォラの王都から離れているのなら、たとえ豚王が追手を差し向けても問題にはならないし、そんなつもりがあるんならもうとっくに襲われているはずだから大丈夫だとは思うが、安心しきるのは危険だと考えたほうがいい。


 暗殺者なんて恐ろしい連中を送られても困るからな。



「……"西の果て"の調査、ですか?」


 俺は旅の目的と、西についての情報をカルロッテさんに訊ねた。

 可能な限りの情報を彼女へ伝えるよりも先に聞き返された。


「もしよろしければ、ハルトさんのことについてお聞きしても?」

「かまわない。

 そのつもりだった」

「いいのか?」

「あぁ」


 サウルさんにはまた心配をかけてしまった。

 それでも彼女なら大丈夫だと判断した。

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