第160話 迂闊だった

「そういや、商業ギルドに入ったのは初めてだな」

「まぁ、普通は用事ねぇから、寄ることはないよな」


 どこか楽しそうに建物の内装を見るサウルさんとヴェルナさんだが、俺は掲示板に貼られた依頼書に視線が向くと同時に足も止まった。


 乱雑に貼られた冒険者ギルドとは違い、綺麗に並べられた依頼書の数々には、それぞれ詳細が長文で書かれているようだ。


「すごいな、商業ギルドは。

 細かな契約内容まで書かれているのか」

「大体は定型文ですが依頼書に書かれた内容を受諾した時点で"契約"になります。

 これらを読まず、報酬の受け取り時に抗議する"商人崩れ"も稀にいるのですよ」


 ……満面の笑みで恐ろしいことを言うんだな、カミラさんは。

 つまるところ彼女の言葉は、契約書すら読まない者は商人とは呼ばないと断言したのと同義に思えてならなかった。


 中々辛辣に思えるが、契約とは商人にとって非常に重要なもので、互いの信頼関係を構築するのに最低限必要となるもののひとつだと彼女は続けた。


「契約とは商人にとって法と同等か、時にはそれ以上に重みのあるもの。

 それすら理解できない者は世界中の商業ギルドから弾かれるでしょうね」


 恐ろしい組織だな……。

 町と町同士の情報共有が凄まじく早いって意味にも聞こえた。

 もしそうだとすれば、恐らくは王国でも最高の早馬を出さない限りは商業ギルドよりも遅いってことになる。

 正直なところ、絶対敵に回したくない相手だ。



 別室に通された俺たちは、香り高いお茶をいただきながら時間を過ごした。

 結構な大事になっているが、俺たちはそれほどのことをしたとは思ってない。


 しいて言えば、依頼の契約金を二つ返事で決めたくらいか。

 感謝されることこそあれ、わざわざ職員が呼びに来る必要はないと思うが。


 しばらく待っていると、扉をノックする音が耳に届いた。


「失礼します。

 大変お待たせしました」


 随分と若い女性だな。

 カミラさんよりも少し上の20代半ばくらいだろうか。

 清潔感のある上品な服と、後ろで綺麗にまとめられた金色の髪に青空のような瞳のとても印象的な女性だった。

 口調も含め、どこかの令嬢だと言われても納得するほどの礼儀正しい人だ。


 恐らくは、商業ギルドだからこそなのかもしれないな。

 貴族を相手に商売をするとなれば礼儀作法は必須だし、商人が所属したギルドであれば繋がりを持ってないほうがおかしいとも思えた。


「お呼び立てして申し訳ありません。

 さぞお疲れのことと存じますが、どうしても直接感謝の言葉をお伝えしたく、失礼を承知でお越しいただきました」

「いえ、それほど疲れていませんので、どうぞお気遣いなく」

「……おい、ハルト……」


 サウルさんに注意をされたが、一瞬何を伝えようとしたのか理解できずにいた。

 それも一瞬で、思わず眉間にしわを寄せてしまう。


「大丈夫です。

 ここでの会話は口外しませんので」

「……感謝する」


 いまさら言い直したところで何かが変わるものでもないが、それでも迂闊だったことだけは間違いないし、忘れないようにしなければならない。


 この世界では相当立場が高い人以外に敬語や丁寧語は使わない。

 これでは"いいところの出"だと自ら公言したようなものだ。

 さすがにこの場では問題ないんだろうが、丁寧な彼女の対応に無意識で反応したことは改めたほうがいい。


 様々なことを察した上で、対面に座った女性は話した。


「私はセーデルホルム商業ギルドのサブマスターを務めるカルロッテと申します。

 その節は大変お世話になったこと、並びに無理難題の依頼をその場で快諾してくださったことを含め、心より感謝申し上げます。

 つきましては、みなさま方に謝礼金を含む報酬をご用意させていただきました」


 そうして続く彼女の話に、俺たちは耳を傾けた。

 確かにカルロッテさんの言うように、一般的な冒険者は断るだろう依頼だった。


 馬を休める時以外は移動し、休息は交代制で取った。

 食事は準備も間に合わず、干し肉と水で済ませたし、まる1日移動したことを考えれば依頼内容的には単純で楽なものでも、肉体的や精神的には結構ハードと冒険者には扱われるような依頼だったらしい。


 それでも快諾した俺たちに商業ギルド側が感謝するのも当然なのか?

 俺個人の考えで言えば、困っていたから力を貸しただけなんだが、信頼を重んじるギルドからすればそれだけでも十分すぎたのかもしれないな。

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