第159話 恐ろしさすら感じる
現時点で納期の予定日が遅れることは確定らしいが、それでも可能な限り早めに町を発つとカールさんは答えた。
しかし今回受けた依頼は、初めから期限が差し迫ったものだったようだ。
それでも彼は受けざるを得ない込み入った事情があったらしい。
「元々急を要した依頼だったことに加え、イレギュラーな事態が起きた今回の一件ですが、それでもみなさんのお力添えのお陰で最小限の被害に抑えられそうです」
「つってもよ、大変なのはこれからだろ?
今度は薬師探しに奔走するのか?」
サウルさんの言うように、今から薬師を探したんじゃ色々と問題だ。
商業ギルドお抱えの薬師でもいなければ、難しいんじゃないだろうか。
だが、そこはやはりと言うべきか商業ギルドだな。
冒険者ギルドとは"質"そのものが随分と違うようだ。
「そちらはすでに商業ギルドが手配済みですから、順調にいけば夜中にはセーデルホルムを発てるでしょう」
冒険者ギルドではなく商業ギルドが関わってるのなら、それも当然なのか?
こういったイレギュラーな事態に即時対応できるのも、商業ギルドが持つ強力なコネクションのお陰なのかもしれないな。
商人は迅速確実をモットーにしてる人たちが多いとも聞くし、今回のような事態も想定して人材を揃えているんだろうか。
そう考えると、何とも恐ろしさすら感じるコミュニティーだと思えた。
* *
街門を越えて町に入ると、カールさんは改めて感謝を言葉にした。
そんな心の余裕なんてないはずなのに、それでも焦りを見せないことに驚いた。
プロの商人ってのは、どんな時でも平常心を貫き通すものなのか。
これは冒険者にも言えることだが、それを実行する胆力を持つ者は少ないはず。
中堅の商人とはいっても、彼の年齢を考えれば相当やり手の行商人と俺は出逢えたのかもしれない。
笑顔で礼を伝えてくれたことは嬉しかったが、思わず苦笑いをしながら答えた。
きっとサウルさんもヴェルナさんも、俺と同じような表情だったんだろうな。
「感謝はもう十分すぎるほど言ってもらったよ」
「俺たちはここでいいから、薬草を薬師んとこに持ってけ。
時間的な余裕なんて、ほとんどないんだろ?」
「だな。
アタシらの仕事はここまでだ。
あとはのんびりギルドに歩いて行くから、馬車を止めてくれ」
「はい、わかりました」
歩道沿いに馬車が止まり、俺たちは早々に降りた。
ここまでしか力は貸せないが、彼はこの先もやることが多いからな。
感謝を改めて述べたカールさんは、町の中央へと馬を歩かせた。
「さて、随分暗くなっちまったから、ギルドは明日にするか?」
「そうだな。
さすがにこの時間はもう開いてないんだろ?」
「冒険者ギルドは緊急時にも対応できるように職員は常駐してるが、商業ギルドは開いてねぇと思うぞ。
緊急事態が起きることも滅多にないだろうしな」
泊る予定だった宿には商業ギルドの職員から戻れないことを伝えてもらえてるはずだし、現在の時刻を考えるとかなり遅めの夕食を取るのも悪くない、か。
「お、メシか!?
さすがに干し肉と水だけじゃ味気ねぇからな!」
俺の表情を読み取ったヴェルナさんは、とても嬉しそうに答えた。
干し肉はこの世界でも一般的な保存食だ。
しかし、その味は正直なところ美味いとは感じなかった。
むしろ非常食と冒険者たちからは言われているだけに、通常の冒険では食べることもないらしい。
「技量も金もない新人冒険者が食べたりするって聞いたな。
なんとも同情しちまうんだが、結局は実力あっての冒険者だ。
一般的な仕事に就けばまともな暮らしができるんだから、さっさと見切りを付けるのもありだとは思うんだけどな」
「そんだけ"自由"に憧れ持ってんだ。
その気持ちは良く分かるし、それを選ぶのも本人の自由だからな。
アタシらがとやかく言う問題じゃねぇし、それでも頑張ろうって根性見せんならアタシは応援するぞ。
ま、酒のつまみに干し肉を食ってる物好きもいるって聞いたから、これはこれで悪くない味なのかもしれねぇ」
アタシには分からねぇけどな。
そう言葉にしたヴェルナさんは、笑いながら答えた。
干し肉自体ほとんど食べたことがない俺からすれば、美味いものなんてあるんだろうかと思ってしまうが。
どれもこれも同じような味付けになるんじゃないかとも思えるし、それこそ最高の技術で作り上げたものだったとしても、俺には味の変化すら感じないような気がしてならなかった。
「とりあえず、町の中央へ向かってみようか」
「だな。
美味そうな店があったら、そん時考えようぜ」
「となると、ヴェルナの嗅覚に任せるか。
ここまで暗いと人もあまり歩いてねぇし、最悪酒場で摘まむ程度で我慢するしかねぇな」
「それはそれで意外と美味いつまみが食えるんじゃないか?
この町の近くにある川も綺麗な雪解け水が流れてるって聞いたし、酒が美味ければつまみで勝負をしてる店も多いかもしれない」
「面白い考えだが、ありうるな。
どうせ料理店はほとんど開いてねぇだろうし、そっちメインで探して――」
話の途中でヴェルナさんは視線を右斜め前方へ向けた。
そこには商業ギルドの職員と思われる格好の若い女性がいた。
どうやら戻ってくるのを待っていたようだ。
こちらを視認すると、女性職員は笑顔を見せながら軽く頭を下げた。
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