第275話 俺に力を貸してくれ

「……行き止まりね」


 先頭を歩きながら周囲を優しい水色の光で照らしていたクリスティーネさんは、そう言葉にして足を止めた。


 どうやらここが入口らしいな。

 殺風景で代わり映えのしない道だったし、今みんなが見てる場所にも大きな変化を感じなければ、どうやって入るのかも分からない至って普通の石壁にしか俺には見えなかった。


「……やはり、こちら側からは入れないのか」

「元々そういった構造でもねぇだろうけど、一応調べてみるか」

「アタシも手伝うぜ、サウル」

「俺らも手伝いたいけど、正面はふたりが並ぶだけで限界みたいだな。

 そんじゃ、周りを調べようぜ」

「そうだな」


 頷いた俺たちは周囲を確認する。

 しかし、スイッチのようなものも、魔術的な仕掛けも一切なさそうだ。


「……アタシのほうには何もねぇな。

 そっちはどうだ、サウル」

「……何も見当たらないな」

「となると、元からこちら側を開ける想定はしてなかったと見るべきか」

「まぁ、それも当然だと思うぞ。

 本来逃げるべきの脱出路側から入れる道なんて不必要だからな。

 むしろ、そんな仕様にするほうが後々問題になるだろ」


 確かにそうだと、アーロンさんの言葉に納得してしまう。

 だとすれば、ここを突破する方法はかなり限定されてくる。

 ほぼ一択と言っていいかもしれないくらい手段は限られるな。


「この場所はどの辺りになるか、予想がつきますか?」

「……歩いた距離からすると城門を抜けた先であることは間違いなさそうですが、正確な位置までは出てみなければ特定は難しいでしょうね」


 クリスティーネさんの言葉に、王城とその周辺を良く知る4人は同調した。


「上に向かうような感じはなかったな。

 恐らくは地下じゃないかと思うが」


 ヴァルトさんの言うように地上から降りたあと、上るような感覚はなかった。

 しかし、緩やかな傾斜だった場合は気付かなくても不思議じゃない。


 気配は感じないから向こう側に人はいないだろう。

 正直に言えば、それ以外の予想は立てられない。

 さすがに騎士隊の寄宿舎に出るとは思ってないが、やや不気味に思えるこの先が気になるところだな。


「ここで話しても仕方ねぇよ。

 出てみりゃ分かんだろ?」

「……カナタ、お前なぁ。

 もう少し冷静に行動しようって気持ちはないのか……」


 アーロンさんは呆れながら答えた。

 もっと慎重になるべきと考えるのは自然のことだが、だからといって現状が変わるわけでもないのは確かだ。


 だから続く一条の言葉に、妙な説得力を感じた。


「んじゃどうすんだよ。

 ここで話を続けるのか?

 納得できる答え、出せんのかよ?」


 一条に焦ったような感じもなければ、気が急いてる様子もない。

 俺にはその通りだとも思える言葉に聞こえた。


「……時々正論を言うよな、カナタは」

「ヴァルトのおっさんもそう思うだろ?」

「間違っちゃいないが……」


 ヴァルトさんは、その答えを出せずにいた。

 だが、そう簡単に選べる選択でもないことも間違いじゃない。


 どこか満足気な表情にも見える一条へ、レイラは諭すように話した。

 その考えも間違いではないと思うし、どちらかと言えば彼女の提案を俺は支持したいところだな。


「……カナタの気持ちも分からなくはないけど、状況次第では王城にいる兵士を一気に呼び寄せかねないの。

 数百の兵士をまとめて相手にして、魔王の元へ無事に辿り着けると思う?」

「じゃあ聞くけどよ?

 誰にも会わずに謁見室まで行けんのか?」

「……それ、は……」


 間髪入れずに一条から反論されるとは、俺も想定してなかった。

 珍しく言いくるめられそうになるレイラは言葉を詰まらせた。


「無理だろ、そんなの。

 結局さ、遅かれ早かれ気付かれるんだ。

 なら、ここでこうしてても意味ないんじゃないか?」


 ……それも正論だと思えた。

 慎重に行動することは確かに必要だし、そうすることで得られるものも大きい。

 しかし一条が言うように、行動しなければ解決しないこともある。


 これは、何が正しくて何が間違っているのかという話でもないが、ここにいても解決しないことだけは確かだ。


「行こうぜ、鳴宮。

 兵士どもがわんさか来るかもしれねぇし、そうなったらみんなにも危険な目に遭わせちまうことだってあるだろうけどさ、みんながいればきっと大丈夫だって俺は信じてる。

 俺よりも強いみんながいれば、俺は安心して魔王と戦えるんだ。

 なら、迷うことはねぇ。

 みんな、俺に力を貸してくれ」


 これまで以上に気合の乗った言葉を放つ一条。

 力強く、何よりも不思議な魅力を感じた。


 ……なんだろうな、この気持ちは。

 いま感じてるものは"安心感にも近い何か"としか表現できないが、まさかこんな感覚を一条から感じるとは思ってなかった。


「本当に面白いやつだな、カナタは。

 そんじゃ、ここは"勇者サマ"に付いていくとするか」

「……まさか、ヴェルナからそんな言葉を聞ける日が来るなんてな……。

 お前、本当に丸くなったな……」

「アタシもそう思うけどよ、この先が決戦の地って思うと"それも悪くねぇ"って感じるんだよな」


 小さく笑いながら答えるヴェルナさんに、言いようのない寂しさを感じた。

 だが、それを悲しむ時間はとうの昔に終わってるからな。

 俺にできる最大限の行動で感謝の意を示すだけだ。


「では、ハルトさんにここも斬っていただき、まずは出てみましょう」

「わかりました」


 頷いた俺は石壁の前に立ち、体勢を低くしながら春月を構えた。

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