第276話 随分と厄介な場所に
淀みなく刃を石壁へ通し、鞘へと静かに春月を収めた。
「あとは少し押すだけで崩れるよ」
「よっしゃ。
そんじゃ蹴破るか」
「待て、カナタ」
ヴァルトさんは気合を入れ直した一条を止めた。
「なんだよ、ここにきて尻込みかよ?」
「そうじゃない。
せめて先にどこへ出るか確認させろ」
俺の斬撃を通したことで漏れた光に近づく。
だがすぐに、彼の表情は陰りを見せた。
「……不味いな」
「何がだよ?
まさか兵士の寄宿舎に出たとか言わねぇよな?」
「その"まさか"に近い状況だ」
難しい顔で言葉にするヴァルトさんだった。
クリスティーネさんは、石壁の前に立つ彼と入れ替わるように確認する。
「……失礼。
……なるほど」
「な、なんだよ。
どこに出るんだよ?」
「……恐らくだけれど、第三騎士団宿舎の地下である可能性が高いわね。
わたくしが生まれる遥か以前には牢獄として使われてたと噂があったけれど、その痕跡もなければ文献も一切残っていないことから噂に過ぎないと思っていたわ」
「今はどうなってんだ?」
「……見たところ、現在は訓練場として使われているようね」
ヴェルナさんの問いにクリスティーネさんは答えた。
だが彼女もまったく足を踏み入れない場所で、確証はないらしい。
その理由は、第三騎士団の存在と大きく関係するようだ。
レフティさんは王国の剣として長年勤めてきたが、それは表立っての活躍が求められる第一騎士団の所属だ。
これは王国内に在籍するほぼすべての騎士、兵士を動かすことのできる指揮権が与えられた、とても責任感が伴う最高位の役職となってるそうだが、問題は彼女の管轄外となる組織である点だと彼女は話した。
「第三騎士団は別名"王直轄の部隊"と呼ばれ、我々王国騎士団や近衛騎士団とも違う完全に独立した組織です」
そう言葉にしたレフティさんだが、その表情は暗く険しかった。
つまりは、そういうことなんだな。
随分と厄介な場所に繋がってたとは、想定外としか言えない。
「……なんだよ、鳴宮まで難しい顔して。
どういうことか俺にも分かるように説明してくれよ……」
「……つまりな、カナタ。
名前に"騎士団"と付いちゃいるが、連中は
ヴァルトさんの表情は険しい。
相当厄介な連中であることは想像に難くない。
王国の暗部ともなれば、基本的に表立っての活動は一切聞かれないような任務に就いてるってことだ。
当然、それなりの強さを所持していなければ務まらない。
何よりもその精神力は並の騎士どころではないはずだ。
人の命を重んじる騎士からすれば異端とすら言える連中で、むしろそうでなければ務まらないような任務に就いてることは間違いないだろう。
「……暗部って、まさか暗殺とかしてるヤベェ連中ってことか?」
「正確にはこの200年、大人しかった連中だと俺は認識してる。
しかし、王の命令ひとつで顔色を変えずに命を摘み取ることも厭わない。
俺たち近衛騎士団も城内じゃすれ違いもしないし、関りも一切持つことはない不気味な連中だ。
当然、この第三騎士団宿舎周辺への出入りも固く禁じられている」
「お前ら王国騎士団でもトップとその下だろ?
暗殺部隊だろうと知らないとか、そんなことありえんのかよ?」
「カナタの気持ちも分かりますが、秘匿性の高い任務に就いてることからも接触は極端に制限されるんです。
たとえ向こうから接触があったとしても使者を介しますから、私たちも構成員はもちろん、その規模ですら把握してないんですよ」
そうでなければならないのも当然だ。
しかし今回に限って言えば、厄介なことこの上ない。
おまけにここは王城からも少し離れた場所だと言われてるらしい。
なぜこんな場所に逃げ道を造ったのかは想像することしかできないが、恐らくは王直轄部隊に守らせることや、必要以上に人の出入りを避けることで脱出路を護り続けていたんだろう。
そう言った意味で捉えれば、最も安全と言える場所かもしれない。
「どうする、と聞いたところで選択はないな。
ここからは間違いなく戦闘になるし、相手の総数も分からない」
「もしかして、ヴァルトのおっさんの元部下が連れてた連中もそうなのか?」
その可能性も考えたが、もしそうだとすれば腑に落ちない部分が多い。
あの時連れていた連中は、立ち振る舞いや気配からも暗部を任せるには不釣り合いに思えてならなかった。
「……いや、違うだろうな」
そう言葉にしたのはサウルさんだった。
どうやらあの中に見知った顔がひとりいたようだ。
「そいつは冒険者だったんだが、素行が悪くてな。
除名処分されたのをようやく今になって思い出せた」
「……なるほど。
それでわたくしやレフティも知らなかったのね。
ともあれ、第三騎士団の実力はそこまで驚異的ではないと思うわ。
もしも記憶を失っていないのであれば厄介だけれど、そうでないのなら強行突破も難しくはないはず」
「……なんか嫌だな。
国の暗部を相手にすんのは……」
「そうも言ってられないだろ。
だが王直属部隊ってことは、言い換えれば魔王の息がかかった連中と遭遇する可能性が非常に高いと言えるんだ。
躊躇えばこちらが死ぬと思って行動するべきだ」
「ハルトの言う通りだぞ、カナタ。
こういった経験はアタシらも少ねぇけど、お前よりは躊躇わずに動ける。
できる限り護ってやるつもりだが、いざとなったらその覚悟もしとけよ?」
「……お、おう……」
……当然の反応だな。
ヴェルナさんは、
しかし、勇者としての生き様に魅了されたこいつに人の命は奪えない。
それは俺も同じではあるんだが、俺の場合は相手を無力化する術をいくつも持ってる分、一条とは比べられないほど動きやすいはずだ。
「大丈夫か、一条」
「お、おう。
問題ないぜ」
……そういう顔、してないぞ。
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