第274話 そういうとこだぞ

 埃の舞う真っ暗な石造りのトンネルが直線上に続く。

 恐らくはラウヴォラ建国当時から使われてないんだろうな。


 高さは2メートル50センチ程だろうか。

 閉塞感がないとは言えないが、通るだけなら十分な高さがあった。

 上を見上げれば光こそあっても、光源として使うことは難しそうだ。


 クリスティーネさんは、持っていたミスリル製の杖に力を込める。

 先端に付けられたやや歪な青い宝玉から淡い水色の光が輝いた。


「魔法ってのは本当に便利だな。

 光源を作り出すこともできるのか……」


 素直に羨ましく思えた。

 俺には一切使えないし、武術を高めても光り輝いたりはしないからな。

 そもそもそんなことができるのは限定的な少年マンガだけだろうが。


「……これにも条件はあるのですよ。

 例えば魔力を込めても壊れない魔石を所持してることや、込める魔力量を細かく調整して維持する繊細さも必要になります」


 なるほど。

 一度力を込めれば継続して効果が得られるわけじゃないのか。

 そういった点は"明鏡止水"と似てるが、やはり光源を作り出せることそのものは凄いと思えてしまう。


 当然、鍛錬も必要になることは間違いない。

 繊細に力を扱えなければ煌々と輝かせるだけでなく、魔力量が一気に枯渇することも考えられた。


「……魔法の基礎修練としても光源の長時間使用は効率がいいの。

 むしろ繊細な魔力放出ができなければ高威力魔法を使うと大変なことになりかねないから、初心者魔術師の壁とも言われてる」

「そういや、魔力で光の玉ばっかり俺に出させてたよな?

 あれって初心者には難しいことだったのか?」

「……カナタ、そういうところはとても器用だった。

 むしろ、光属性が持つ特性を見極める方が困難」


 光は希少価値が高く、文献も残ってないだろうことを考えれば修練させるのも難しいのは明らかだ。

 手探りで強くさせなければならない一方で、こいつは人の言うことを素直に聞かないタイプだから、相当大変だったんだろうな。


「ともかく、これだけ光ってれば十分だな」

「一応、火種になるもんは持ってるが、使わなくて済みそうだ」


 言葉にしたサウルさんとアーロンさんだが、冒険者だけじゃなく憲兵にも必要なものなんだろうかと考えてしまう。

 確かにあれば便利ではあるなと思ったところで、俺はふと気づいた。


「……そうか、タバコか」

「吸わないやつは、あまり想像もしないことだよな。

 詰め所の中には協力的な一般人も来るから、吸う場所を限定してるんだ。

 そんな時に火種があると便利なんだよ」


 笑いながらアーロンさんは話した。

 思えば俺は酒もタバコも未経験だから、そういった発想も疎いんだな。


 通気口があるとはいえ、松明で細い道を進むのは色々と問題がある。

 実際には大丈夫かもしれないが、火は強すぎる光を放つから周囲警戒が疎かになりやすく、また敵に居場所が検知されやすい。

 なるべくなら使わずにいたほうがいい場合も多そうだな。


 気配が読めればすべて解決するといっても、正確に周囲を察知できるほどの技術にまで高められるのは特殊な修練を積んだ者がほとんどだろうから、そもそもが一般的な話から大きく逸脱している。

 様々な面で、魔法による光源が使えるのは便利だと思えた。


 どちらにしても俺には使えないんだから、そういうところから羨ましく思っているだけなのかもしれないが。



 淡く光る優しい水色の光に照らされた通路を俺たちは進む。

 一直線に王城方面へ伸びていることから、脱出路として造られたのは間違いなさそうだ。


 逆に言えば、もっと複雑な構造にしてもいいんじゃないかと思ってしまうが、そもそもここは緊急避難用の場所になる。


 情報を知る者を限定するのなら、最小限の構造にしたほうが安全性は増す。

 とてもシンプルな一本道となるのも仕方のないことなのかもしれないな。


「……そういや、よ。

 召喚の儀はまだ王城でされてんのかな?」


 前方と後方に警戒を続けながら、一条の言葉に耳を傾ける。

 それに関しては女神様が防いでくれてると聞いた。

 たとえ呼び寄せようと儀式を行ったところで、異界から人を召喚することはなくなってるはずだと言っていた。


 それでも、儀式が継続されない理由にはならない。

 女神様の存在も知られていないんだから当然ではあるが、一条の言ってることも気にならないと言えば嘘になる。


 だが、実際のところ儀式は続けられてるようだ。

 それを良く知るふたりは眉間にしわを寄せる。


 一条の言葉に答えたのは、レフティさんだった。


「残念ながら、儀式自体は3か月に一度行われています。

 そのすべては失敗に終わっていますが、カナタの言いたいことは"新たな勇者候補"が呼ばれたのではないか、ということですよね?」

「あぁ。

 王城で鉢合わせるのはごめんだからな。

 さすがに同郷のやつには手が出せねぇ」

「俺がトルサで勝負を持ちかけた時も最初は断ってたな」

「当たり前だろ。

 俺の剣はそんなことのためにねぇんだ。

 もしも俺からお前に斬りかかったら、俺は勇者じゃなくなる」


 その思考は勇者としても、人としても正しい。

 でもな、お前には大きな矛盾点が存在するんだ。

 そこに気付いてないのはお前だけなんだぞ。


「……物事の捉え方や信念は立派なのに、どうして女の子が好きなのかしら……。

 魔術師団に在籍する女性たちからも何人かわたくしのところへ抗議に来たのよ」

「――うぇ!?」

「……お前、なにしたんだよ……」

「なんもしてねぇよ!

 …………たぶん」


 呆れられながらサウルさんに訊ねられるが、曖昧な言葉を使った。

 だが、こいつはその手のことに関して言えば前科持ちだからな。

 意識をレイラへ向けると、期待に沿うような答えを彼女から聞けた。


「……カナタ、可愛い子を見つけるとナンパしまくってた。

 研究に没頭してたあたしのところまで話が届くほどに……」

「そういうとこだぞ。

 今でこそお前を見直したが、そん時に声をかけられてたらアタシは右こぶしを顔面にぶち当ててたな」

「な、なんだよ!

 イイ女に声をかけるのは礼儀だろ!?

 なあ!?」

「こっち見るな、同意求めるな」


 何考えて行動してたんだ、こいつは。

 今でこそ落ち着いたが、完全にたらしじゃないか。

 場合が場合なら、確実に女たらしの勇者として後世に残るぞ。


「……みんなの記憶が残ってたら、本当に"たらしの勇者"になってた」

「それ……は……さすがに嬉しくねぇな……」


 そういう話でもないんだが、最低限度はモラルある行動をしてくれないと、異世界人すべてに影響が出かねなかったのかもしれないな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る