第273話 態度を改めなさい

 鎧を身に着けた大人の男性ひとりがギリギリ通れそうな細い穴が下まで続いてるようだが、さすがに暗くてどこまで深いのかは分からなかった。


 5センチほどの石を拾い、落下させてみる。

 かなり下のほうから小さな音が聞こえ、俺は眉を寄せながら言葉にした。


「……割と深いな」

「反響音から察すると、下が空洞になってるのは間違いなさそうですね」

「俺らはいいけどさ、ばあちゃんはどうすんだ?

 俺がおぶって下まで降りるか?」

「わたくしのことはお気遣いなく。

 身体能力強化魔法が使えるのはレイラだけではありませんよ」

「……それよりもカナタ。

 クリスティーネ様に対して失礼極まりない態度を改めなさい」

「うぉ!?

 なにキレてんだよレイラ!?」

「あらあら」


 楽しそうにふたりのやり取りを見守るクリスティーネさんだったが、今回のレイラは随分と怒りを露にしてるな。

 目が座った彼女を見るのは、さすがに初めて見る。


 尊敬してる方へ失礼に思える言葉を言われ、聞き流せない気持ちも分かる。

 レイラに怒られても仕方ないとは思うが、相手は一条だからな。

 それを分かった上でも感情を押さえきれなくなってるのか。


 そんな怒り心頭の彼女をなだめたのはヴェルナさんだった。


「落ち着けよレイラ。

 イラついても相手がカナタじゃ疲れるだけだぞ」

「……むぅ。

 確かにその通り」


 張り詰めた空気がゆっくりと収まっていく。

 ここまで剥き出しの感情を放つ彼女は初めてだ。

 クリスティーネさんはレイラにとって、本当に特別な存在なんだな。


「……なんか複雑だけど、レイラの怒りが収まってくれて助かったぜ……」

「そう思うんなら、最低限の礼儀は必要なんじゃないか?」

「……親しみを込めて呼んでるだけなんだけどなぁ……」


 さすがにショックを隠し切れない一条は、肩を落としながら呟いた。

 日本人ならこういった礼儀はしっかりできて当たり前のはずなんだが、それは間違いなのかもしれないな。


「ともかく降りよう」

「だな。

 そんじゃ、いちばんガタイのいい俺から行くぜ」

「気を付けてな」

「おう!」


 立てた親指をこちらに向けながら、サウルさんは穴から飛び降りた。

 そういえば、サムズアップする彼を久しぶりに見た気がする。

 なんだか前に見たのは遠い昔のようで懐かしさすら感じた。


「おーい!

 いいぞー!」


 サウルさんの合図でアーロンさん、ヴェルナさんと続き、アイナさんたちも飛び降りる。


 周囲を確認するも、兵士や騎士がこちらへ迫る気配は感じない。

 これなら王城まで問題なく進めそうだな。


「先、行くぞ?」

「あぁ。

 こんなとこで怪我するなよ?」

「そりゃ笑えねぇな」


 そう言葉にした一条は勢い良く飛び降りる。

 ここで怪我するような馬鹿じゃないから、問題はなさそうだが。


「……先、降りるよ」

「あぁ。

 少しだけ話をしてから合流する」

「わかった」


 煙突にも思える狭さの穴を降りる。

 時間にしてわずか4秒ほどで地面に到着した。


 衝撃を吸収するように膝を曲げて綺麗に降り立つ。

 そんな姿が一条には衝撃的だったようで、驚いた様子で訊ねた。


「なんでそんな綺麗に着地ができんだよ!?」

「暗くて着地に失敗したのか?」

「ぐ……失敗してねぇし!」

「……盛大に転げた。

 怪我しなかったのが不思議なくらいの」

「なんで言っちまうんだよ!?

 勇者が着地失敗とかハズイだろ!」

「……まぁ、怪我をしなかったのは良かったよ」

「あれだけ豪快に顔を打って無傷ってのもどうかと思うけどな……」


 呆れながらアーロンさんは言葉にした。

 どうやら、相当派手に着地したようだな。

 念を押したつもりだったが、無駄だったか。


「……ヴァルトはどうした?

 あの小僧と話でもしてんのか?」

「あぁ、少し話をしてから降りてくるよ。

 追っかけられても問題だからな」

「いいのか?

 おっさん、部下を連れて来たりしないよな?」

「あいつは昔から面倒見がいい反面、あまり強く言えないところがあるが、場をわきまえてるから大丈夫だろ」

「説明し辛い内容の真実ですからね。

 私も団員に詳細を話さずに退団したくらいですし」

「納得いくだけの話をするには時間が相当かかる。

 それに、むやみに関わろうとすれば命を落としかねない。

 正義感や義務感でついて来られても、犬死にするとアタシは思うぞ」


 かなり辛辣に思えるが、ヴェルナさんは正しいことを言ってる。

 覚悟が足りずに首を突っ込めば、待っているのは破滅だ。


 当然、そうはならないかもしれないが、その可能性は極めて高い。

 特にあの副隊長には荷が重すぎると言わざるを得ない。

 技術的にも精神的にも未熟な彼が来ても庇いきれないだろうからな。



 ヴァルトさんが降りてくるのを感じ、意識をそちらに向ける。

 着地した彼は周囲を確認しながら言葉にした。


「待たせたな」

「もういいのか?」

「念を押したから、付いてくることはないだろ」


 どこか寂しさを感じさせる声色で、彼は答えた。

 どうやらあの男性に軽く目的を伝えたようだ。


「討伐対象の"魔王"は比喩じゃなく、物語に登場するような化け物だとも伝えたが、どうだろうな。

 あとはあいつ次第だが、あの様子じゃ追いかけるとも思えない」


 意気消沈していたからな。

 あんな気迫で付いてくることはないか。


「全部終わったら、俺の奢りで酒飲みながら話してやるって伝えたよ。

 ……そんな時間があるのかは分からないが、それくらいはしてやれるかもしれないからな」


 寂しげに話す彼の様子からは、難しいだろうなと感じているのが手に取るようにわかった。


 きっとその感覚は正しい気がしてならないが、それでもそう言葉にするしかなかった彼の優しさは、少しだけあの男性を救えたんじゃないだろうかとも思えた。

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