第272話 斬り方があるんだよ

 男性が座ってた木箱と周辺の箱をすべてどかし、後ろにある石壁を調べる。

 王女様から聞いた情報を知るレフティさんは、こんこんと叩き始めた。


 さすがに正確な場所までは分からないから調べざるを得ないと、ここに来る前からみんなと話し合ってたが、ノックをしただけで分かるものなんだろうか。


 この石壁は1メートルほど厚みがあるみたいだし、何かを隠すには都合がいい。

 当然こういったものは王都中に見られるとラウティオラに詳しい5人は話した。


 王都に住んでる者なら目に入るような、一般的な構造らしい。

 その役割も防衛としての意味合いが強く、むしろそれ以外の用途があると思われることはないほど、至るところで見られる造りのようだ。


 わざわざ分厚い石壁を破壊して真っすぐ進むくらいなら、敵も迂回するだろう。

 魔法だって魔力を消費することで使用できるのだから、体力と同じで無限に使い続けられるような技術じゃない。


 たとえ王都まで敵に攻め入られても、脱出路を発見される可能性は低い。

 もっとも、そんなものの形跡が石壁の中から出るなんて誰も考えないと思うが。


「……ここ、でしょうか。

 確証はありませんが、若干重さを感じる反響音がする気がします」

「とりあえず斬ってみるか」

「お願いします」

「……石壁ってのは、とりあえず・・・・・で斬れるものじゃないと思うが……」


 呆れた様子でサウルさんは言葉にするが、本当にその通りだなと俺は口角をわずかに上げながらレフティさんがいた場所に立った。


 息を整えるように深く呼吸をする。

 精神を鋭く研ぎ澄まし、腰を落として構え、眼前にある岩壁に狙いを絞る。

 鍔を指で軽く上げ、ゆっくりと鞘から春月を抜刀しながら一気に振り抜いた。


 瞬時に鞘へ刀を納めると、甲高い金属音が耳に届く。

 どこか心地良さすら感じる不思議な音に聞こえた。


 いい手応えだ。

 そう思いながらも、動かない相手なんだから斬れて当たり前かと苦笑いが出た。


「……どうしたんだ、鳴宮。

 違和感でもあったのか?

 なんでやめちまったんだ?」

「さすがに見えなかったか」


 一条の言葉に俺は呟いた。

 その速度を理解できたのは4人だけのようだ。

 驚愕と困惑が入り乱れる気配を彼女たちから強く感じた。


「……し、信じられない速度だわ……。

 これでも相当強くなったと思っていたけれど、わたくしなどまだまだね……」

「……ハルト君、また剣速が上がってる……。

 あたしにはもう光の線が一瞬だけ見えたくらいにしか分からなかった……」

「この速度で剣を振るわれたら、避けるどころの話ではありませんね……。

 レイラの一撃を受けたのもたった一度だけですし、ハルトさんの強さも計りかねないほどに差が開いてしまいましたか……」

「……ただただ圧巻の一言です。

 これはもう見事どころではないほどの卓越した技術ですね……。

 魔力による身体能力強化の限界を感じます……」

「……え?

 ど、どういう、こと、だよ?

 なんかやったのか、鳴宮……」

「そろそろ変化が見えるんじゃないか?」


 石壁を指さすと斜めの切り込みが見え、岩がこすれるような重々しい音を放ちながらゆっくりとズレ始めた。


 だが、一撃を放ったところで壁がズレることはない。

 4人もさすがに見えなかったもうひとつ・・・・・があってこそ、初めて効果がある。


 交差気味に打ち込んだ斬撃で逆側から分厚い石壁が動き始め、徐々に向こう側が見えてくる頃には見えた・・・と認識した彼女たちの判断が間違っていたのだと理解させることになった。


 凍り付くように固まる4人は、言葉にもならないようだ。

 あまりにも驚き過ぎて反応すらできずにいるみたいで、どこか申し訳なく思えてきた。


 しかし分厚い石壁を切るとなると、一撃入れただけでは効果が薄い。

 もう一撃加えても影響がなければ手で壁をどかす必要があるかとも考えてたが、どうやら積み上げられた石へ綺麗に切り込みを入れたことでスライドするように落ちてくれたみたいだな。


「斬ってたのかよ!?

 全然見えなかったぞ!?」

「かなりの剣速だったからな」


 二撃目は剣閃すら見えなかったみたいだしな。

 そんな意味を込めた言葉だが、誰にも気づいてもらえなかったようだ。


「さらっと言ってるけどよ、ハルト。

 お前いま、とんでもないことしたんだぞ?

 ……というかお前……高速で一撃入れただけじゃなかったのか……」

「……んぁ?」


 目を大きくしながら言葉にするサウルさんに釣られるように、一条は石壁を見つめる。

 交差して倒れる壁は、違った意味で破壊力があったようだ。

 ぱくぱくと池にいる鯉みたいに口を開閉させながら青ざめた。


 石とは違う、重々しくこすれる音が周囲に響く。

 どうやら合金で護られていた通気口も斬れたみたいだ。


「斬鉄をするとなれば相応の速度が必要になる。

 当然、それだけで放てば刀が折れてしまう。

 "明鏡止水"で身体能力を高めた状態ならなおのことだ。

 刀を折らないための斬り方・・・があるんだよ」


 ……などと言葉にしたところで、冷静に聞いてくれた人はここにいないようだ。

 確かに鉄を斬る技術は難しいと言われてるが、できないわけじゃないし問題はそこじゃないのも重々理解してるつもりだ。


 まぁ、他流派の達人なら斬鉄ができる人もいるだろうし、そこまで凄まじい技術じゃないと俺は認識してるが、どうもみんなの驚愕したままの姿を見ていると、その認識も間違いだったのかもしれないと思えてきた……。


「……おま……おま……」

「言いたいことは分かるが、とりあえず落ち着け。

 俺はただ二連撃を放っただけだ」


 その失言で氷漬けから解凍された4人に質問責めになりながら、俺はそのひとつひとつを丁寧に答えていった。

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