第271話 面倒見のいい彼なら

 その場所は休息を取っていた酒場からも近く、やや中央寄りに向かう小道を進んだ先の突き当りにあった。


 構造上、行き止まりとなる場所は珍しくない。

 侵略者を足止めする目的が必要になる王都であれば、なおのこと多いだろうなと俺には思えた。


「……フェリクス」

「せ、先輩……なんでここに……」


 迷宮のように戻らざるを得なくなる突き当りで、俺たちはあの男と再会した。

 まさかこんな場所で会うことになるとは思っていなかったが、当然彼がここにいるのは偶然に過ぎないと一条を含め、俺たちの誰もが考えた。


 それでも、何も思わないわけではない。

 特に上司として長い歳月を共にしたヴァルトさんからすれば、もう会うつもりもない覚悟で別れたこともあって、感情がかき乱されたような気持ちなんだろう。


「なんでって言われてもな……。

 この場所に用事があった、としか言えないぞ」

「……先輩の言うことは、僕にはもう分からないっすよ……」


 泣きそうな表情で彼は言葉にする。

 自分が信じてたものが崩壊し、それでもまともな思考ができるほど強くないのは話し方や所作から理解してたつもりだが、まさかここまで弱々しい精神にまで落ち込んでいたとは思っていなかった。


 よほどショックだったんだろう。

 弱い心を奮い立たせながら自分の使命に殉じようと努力し、それすらも否定された彼は心の拠り所を失ったような気持ちなのかもしれない。


 ……幼い。

 心も、覚悟も。


 俺にはそうとしか見えなかった。

 一条もそれを感じ取っているようだ。

 もしかして、昔の自分もこうだったのか。

 そんな気恥ずかしいと思ってる気配を感じた。


 だが、一条はここまで弱くない。

 精神力の強さは並外れていたのは間違いないし、勇者としての立場と役目は俺よりも遥かに理解していた。

 ただ考え方や技術的に拙かっただけで、それも改善された今の一条と比べられるはずもないほどに幼い彼は、まったく別の子供として俺の瞳には映っていた。


 同時に、ヴァルトさんが世界の真実を伝えなかった理由も正しいのだと証明した形になる。

 精神的に幼すぎる彼に話したところで、受け止めきれないだろう。


 しかし、それは悪いことじゃない。

 むしろそれが一般的で、当たり前の反応だとも思う。

 俺たちが達観しすぎてるんだろうな、きっと。


 思えば彼は、まだ20にも届いてないほど童顔に見える。

 正直、俺たちとタメだと言われても、別段驚かないだろうな。

 実際200年以上生きていることは間違いないが、記憶を失うのだからその心まで成長しきれずにリセットされる彼がずっと幼いままなのも当然だ。


 すべては魔王のせい。

 それは間違いない。


 俺たちに牙を剥いたのも任務だからだ。

 職務を果たそうとした気持ちまで否定するつもりはない。


 それでも、ヴァルトさんが言葉にしたように、俺たちにはやるべきことがある。

 傷心のところ悪いが、どうしてもこう言わざるを得ない状況なんだ。


「……そこ、どいてもらえるか?」


 彼が座っていた木箱を指さし、ヴァルトさんは話した。

 言葉を選び、彼を驚かせないような口調で静かに伝えた。

 それはヴァルトさんの優しさがはっきりと表れた言動だった。


「……ほんと、先輩の言ってること、わけわかんないっすよ……」


 そう言葉にしながらも立ち上がり、場所を開ける男性。

 その姿に戦意は微塵もなく、訊ねたりはしなかったが恐らく副隊長としての任務に戻るつもりもなくなっているのだろうことは確実だと思えた。


 彼は職務放棄をしたわけではない。

 ましてや、どうでもいいだなどと思ってるわけでも。


 悩んでるんだ、彼は。

 答えの出ない自問自答に。

 こんな場所で暗い顔をしながら独りでいる理由なんて、それくらいしかない。


「……悪いな」

「……いいっすよ。

 僕には先輩を止めることなんて、はじめっからできなかったんすから……」


 そう言葉にした男性は、隅に置かれた木箱へ腰を掛けた。

 そんな様子を見て不安な気持ちになったんだろうな。

 一条は彼に聞こえないような小声で俺に訊ねた。


「……あいつ、大丈夫かな?」

「俺たちが口を出すことじゃないと思う。

 それに現状を考えれば、彼に説明するのは避けるべきだ。

 もし話せば、後からついてくる可能性すらあるぞ」

「けどよ、ここから王城へ繋がってる抜け道があるんだろ?

 それを見られたら結局同じなんじゃねぇかな?」


 確かにそうかもしれない。

 今の彼は単独行動をしてるし、職務へ戻れない精神状態を考えればその可能性も高いと思えた。


 だが、それでも俺たちが口を出してはいけないことなんだろう。

 ちらりとヴァルトさんへ視線を向けると、彼は頷いて応えた。


 これもきっと、彼の役目なんだろうな。

 元とはいえ部下だったんだし、面倒見のいい彼ならそうすると思えた。

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