第270話 訳もないはずだ

 王族の脱出路を使うとしても、まだ問題が解決されたわけじゃない。

 あらかじめ聞いておかないといけないと判断した俺は、レフティさんに訊ねた。


「王族が緊急時に利用する道だと、通気口でもかなり頑丈に造られてるのでは?」

「問題はそこですね。

 真下に伸び、脱出路へ続いてるそうですが、地上付近は厚さ30センチほどの合金で覆われてるのだとか。

 魔法も軽減されるような、非常に強固な素材で造られてると仰っていましたね」


 元々そんな場所から入ることを想定していないどころか、逆に侵入されては困るからこそ厳重に守られてるわけだからな。

 当時でも最高の技術と強度で造られているのは間違いなさそうだな。


 逆に突破が困難と思われる場所を憶えておきなさいと言葉にした王女様が、レフティさんにいったい何を求めていたのかは気になるが、これも今考えたところで意味のないことだ。


「……軽減されるとなると、相当の高威力魔法を放たなければなりませんね。

 余波で周囲の家屋を十数軒は倒壊させることになりそうですが……」

「……そんなの、さすがにダメだろ……。

 それに、そんな手を使えば大騒動になるぞ……」

「問題ない。

 俺が斬れば・・・・・済む話だ」


 俺の一言に、全員が固まった。

 だが、それを可能とする技術も武器もある。

 問題にはならないだろう。


「鍛錬を積んだ今なら技術的にも可能だし、何よりもこの"春月しゅんげつ"があるからな。

 リヒテンベルグで開発された"魔晶核結石"を使った合金でも斬れるはずだ」


 柄頭を左手で触れながら俺は言葉にするが、さすがに突っ込まれた。

 一般論じゃ不可能だと断言されるのが普通だと思うから仕方ないが、それでも呆れられながら言われると何とも形容しがたい感情が湧いてくる。


「……いや、お前の技術がスゲェのは知ってるけどさ。

 さすがにそんなこと無理だろ……。

 つーか、刀がダメになるぞ……」

「俺は古流武術の流派を人に教えることを認められた武芸者だ。

 大切な刀に刃こぼれひとつさせるつもりはない。

 そんな未熟な腕はしてないから安心しろ」


 日本刀と西洋剣は、鍛錬の工程から大きく異なる。

 鍛造されたものであっても西洋剣の強度は脆く、信頼性に乏しい。

 斬ることに特化した日本刀も、物理的に言えばそれほどの強度はない。

 それこそ、明鏡止水で強化した身体能力でそのまま振るえば砕けるのは確実だ。


 だが、折らないための技術でいくらでも補える利点が刀にはある。

 恐らくは、この世界で最高の剣と言われるものでも同等の切れ味は出せない。

 こればかりは日本刀でなければ最大限の効果は発揮できないだろう。


 力の入れ方も斬り方も、両刃のものとはまったく違う。

 そもそも鍛造された手法がまるで違うんだから当たり前ではあるが、刀と同じように扱えば弾け飛ぶように砕けるだろうな。


「技術を重要視してる一葉流は、たとえナマクラだろうとある程度の切れ味を出せる技が多い。

 ……そんなもので"絶の型"を使えば確実に刀が耐えきれず砕けると聞いてるが、春月で斬鉄するくらいなら問題ないだろ」

「……鳴宮……お前……本当に、同じ人間か……」


 ……失礼なことを言うやつだ。

 だが技術が伴わなければ斬れないだろうな。

 明鏡止水と紫電一閃を春月で使えば、合金を斬るなんて訳もないはずだ。

 それを考えれば、ぶった斬れる使い手も限られてくると思うが。


「と、ともかく。

 ハルトが合金を斬れるのなら先に進めるな。

 一直線に王城まで行けるんだろ?

 どこに出るかは聞いてるのか?」

「いえ、さすがにそこまでは。

 恐らくは地下か、1階のどこかだと思うのですが……」

「ま、行ってみりゃ分かることだ。

 それよりもアタシは城内の戦力が気になるね。

 出た瞬間、騎士がわんさかいました、なんてのはごめんだぞ」

「……たぶん、それはないと思う。

 そもそも人目に付く場所から脱出路に繋げる意味はないし、緊急時に使うことを考えれば王城の至るところに造られても不思議じゃない」


 確かにそうだな。

 さすがに謁見の間に繋がってるとは思わないが、いくつも脱出路を用意しなければ必要な時に使えない場合もある。


 しかし逆に言えば、複数の出入り口を造るリスクも高い。

 最悪の場合は一か所しかないことだってあるんじゃないだろうか。


「それこそヴェルナじゃねぇが、行ってみりゃ分かんだろ。

 そこまで行って周囲の様子が見れるならそれに越したことはねぇけど多分無理だろうし、考えても仕方ないんじゃねぇの?」

「その先に誰かがいるのかくらいは気配で分かる。

 慎重に行動するべきだとは思うが、一条の言うことも間違ってないと思う。

 今は王城の構造からある程度の予測を立てて、謁見の間へ辿り着くことを優先して考えよう」

「そうですね。

 場内の見取り図はありますか?」


 セシーリアさんへ視線を向けたレフティさんは訊ねるが、さすがに持っていないようだ。


「申し訳ありません」

「ダメ元でしたので、お気になさらないでください」

「さすがにそんなものがここにあったら、それこそ大問題だぞ……」


 アーロンさんの言う通りだ。

 それこそ国家機密だろう。


 だが、ここには場内を知り尽くした者が複数人いる。

 そもそも王国騎士団と魔術師団のトップとその下が4人もいる上に、王女様付きの護衛騎士がひとりこの場に同席してる時点で城内の構造など筒抜けになる。


 今回に関して言えば非常にありがたい。

 しかし、何ともすごい面子が集まったもんだと、半ば呆れてしまった。


「地下の構造はおおよそ書けましたね」

「だな。

 地下牢に囚われた王族が抜けられる道があることも十分に考えられる。

 可能性があるとすれば看守から目立ちにくいここと、ここだな。

 死角になってるから直せと200年以上前に進言したんだが、受け入れてもらえなかったのを思い出した」

「……物置になってる場所はこっちね。

 わたくしの予想では、ここと繋がってると思うわ」

「……この辺りも怪しいです。

 構造的に少しだけ石壁がずれてますから」

「それで言うなら逆側にも一か所ありますね。

 対照的に造られてませんし、前々から気になっていました」

「……すげぇ勢いで機密が漏れてくな……」


 セシーリアさんの用意した紙とペンを使い、地下が丸裸にされていく様子に、サウルさんは白い目で5人を見つめながら呟いた。


 頼もしい、と言っていいのかは俺も分からなくなってきたが、とりあえずは城内の構造も把握できそうだ。


 ……王城の詳細が分かりすぎるのもどうかと思うが……。

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