第49話 最大限の謝礼
カーリナさんに連れられて、俺は町の南にある街門近くの厩舎に来ていた。
それなりに大きい町であれば、ギルドは専用の馬車をいくつか所有している。
これは郵便等の配達を含む様々な運搬用として用いられるもので、中には俺のように特別依頼を受けた冒険者を運ぶためにも使われると聞いた。
しかし今回のような依頼があってないような案件に馬車を動かしてもらえることに、思うところがないわけじゃない。
それもすべては彼らの善意なので、ありがたく受けようと決めたはいいが、いざこの場に来てみると申し訳なさが俺の奥底から強く溢れてきた。
内容が内容だからな。
それも仕方ないか。
「――ということで馬車をお願いします。
料金はこちらにご用意させていただきました。
依頼内容につきましては秘匿性の高い――」
「――みなまで言うな、カーリナ嬢ちゃん」
瞳を閉じて言葉を制止する御者のサウルさんはゆっくりと目蓋を上げ、親指を立てながらはっきりとした口調で答えた。
「あとは俺に任せときな。
安全運転かつ最速で届けてやるぜ」
「…………お願いします」
「おう!」
こういったタイプは苦手みたいだな、カーリナさんは……。
心なしか、精神が遠く離れたような脱力した気配を彼女から感じた。
衣服の上からでも分かる筋肉量はどう見ても御者じゃない。
年齢が中年である点も、若手冒険者の俺からすれば心強かった。
現在でも現役冒険者と言えるような人物を付けてもらえたようだな。
「護衛冒険者の手配もしてありますので、もうしばらくすれば来るはずです。
準備が整い次第、ご自由に出発なさってください」
「ありがとう、カーリナさん」
「街道は盗賊も少なく、比較的安全に移動できると思います。
ですがどうか、お気をつけてお進みください」
「心配すんな、嬢ちゃん!
坊主は無傷で届けてやるよ!」
「……本当に、お願いしますね?」
「任せときな」
再び親指を立てながら見せるその姿に、不安を感じたと思われたのだろう。
癖の強さも感じさせる彼に小さくため息をついたカーリナさんは言葉にした。
「……彼はこう見えて冒険者ギルド専属の運搬馬車を任せられる御者と冒険者を兼ね備えた方でして、戦闘に関しても参加できるほどの腕前を持ちます。
もちろん料理もできますので、その点もご安心ください」
「これでも現役の冒険者だ。
今はもうこっち専門だが、案外これが俺に向いててな。
メシのほうもそれなりに美味いから期待しとけよ!」
そう言葉にした彼は豪快に笑った。
良くも悪くも強烈な印象は強く残るが、その気配からどっしりとした安定感があった。
どうやら相当の実力者をつけてもらえたみたいだ。
ギルドでハンネスさんたちから離れる前、名指しで御者と護衛者を決めていた。
これは彼らができる最大限の謝礼だと見て間違いないだろう。
「"感謝します"と、お伝えください」
「はい、分かりました」
満面の笑みで応えたところから察すると、どうやら真意も伝わったようだ。
この町に着いてからあまり時間は経っていないが、まさかこれだけ良くしてもらえるとは想像もしていなかった。
ハンネスさんもカーリナさんも、この町を第2の故郷だと言っていた。
きっとこのハールスには、そういった人たちが多くいるんだと強く感じた。
5分ほど雑談をしながら3人で待っていると、こちらに手を上げながら声をかけてきた冒険者がいた。
「おー!
待たせたな!」
「なんだ、護衛はお前かよ」
「アタシじゃ不服か?」
「いや、申し分ない。
面倒なやつだと困ると思ってただけだ」
「あー、いるよな、そういうやつ」
顔を空に向けながら豪快に笑う女性に手を向けたカーリナさんは、俺に紹介してくれた。
「こちらはヴェルナさん。
ハールス冒険者ギルドに所属する方の中でも、かなりの実力を持ちます」
「ヴェルナだ。
一応先輩になるみたいだが、堅苦しいのはナシにしようぜ!」
「春人だ。
道中の護衛、お願いするよ」
「心配すんな!
アタシらが護ってやるよ!
……って、言いたいところだがな」
こちらに向けた瞳に鋭さを含ませながら、彼女は言葉にした。
どうやらこの人は相手の力量を判断できるほどの腕前のようだ。
それを本能的とも言える感覚で感じ取ったんだろうな。
「……すげぇ強いな、お前。
肌にビリビリ伝わるやつと会ったのは、これで3度目だよ」
彼女の持ち味は鍛え上げられた筋力から繰り出される豪快な攻撃ではなく、冷静に相手を分析することから行動するクレバーさにあるのか。
こういった力任せ以外の使い手が、本物の強者になる。
実力はランクSに到達しているのかもしれないな。
それを確信させるほどの凄腕冒険者だった。
「そうなのか?
俺にはよく分らんが」
サウルさんの言葉に白い目を向けるヴェルナさんだが、それも仕方ない。
言ってみれば、彼女はかなり異質な冒険者だと俺には思える。
感覚的に鋭い上に、彼女はしっかりと武術を学んだ武芸者。
その強さは並の冒険者じゃ相手にすらならないほどだ。
ここにサウルさんとは明確な差が出てしまっている。
「冒険者を優先していた頃のアンタなら気付いてたよ。
馬車なんて引いてるから分からなくなるんだ。
もっと鍛えねぇと弱くなる一方だぞ」
「……マジか……」
感覚的なものは日々の鍛錬を必要とするからな。
危険察知能力を高め続ければ、普段の気配を探りにくくなる。
どちらがいいという話ではなく、どちらも大切で必要なものだから、一緒に鍛え続けないと一方が突出するように差が出てしまう。
そのバランスを保ちながら馬車での移動を繰り返す日々は、さすがに難しい。
肩を落とすサウルさんだが、実際にそれを理解できるほどまで強かったのなら、この旅はこれ以上ないほど盤石な護衛者を集めてもらえたのだと俺には思えた。
「そんで坊主、目的地は北か? それとも東か?
南はまだやめといたほうがいいと思うが、任務なら行くぜ?」
……南。
それはリクさんが向かおうとしているメッツァラのことだろうな。
やはり彼は相当の面倒事に関わっているようだ。
だが、目的地はそちらじゃない。
リクさんには悪いが、俺は俺の道を進ませてもらおう。
「"パルム"へお願いします」
「おう!
任せとけ!」
「果実酒もいいが、あそこの酒は格別に美味いんだ!
準備が済んでるんならさっさと行こうぜ!」
「だな!
今から楽しみだぜ!」
……それは酒盛り前提の話なのかと聞きかけて、俺は口をつぐんだ。
大人のふたりにガキが口を出す必要もないからな。
「それじゃあ、俺たちは行くよ。
ハンネスさんによろしくお伝えください」
「はい、いってらっしゃいませ」
深々とお辞儀をしたカーリナさんと別れ、俺たちは西の町パルムを目指して旅立った。
心残りはあるが、どうせ戻ってくるんだから問題ないだろ。
そんな
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