第126話 割と呆気ねぇな

 雑談しながら歩いていると、周囲に変化を感じられた。

 ぽつぽつと小さな花や薬草が目に映るようになってきた。


 そこからさらに10分ほど進んだ辺りで、目標の群生地を発見した。


「これか?

 依頼の花ってのは」

「……一輪草を少し大きくしたような花。

 5枚の白い花弁に外側が淡く桃色に彩られる。

 三つ股の枝の先に3枚の小葉、葉柄がやや深緑」


 地面から約20センチほどの高さである点も、ギルドで聞いた情報と一致する。

 似たような花がないか受付で確かめたが、そういったものもなさそうだ。

 これだけ特徴が酷似していれば依頼品で間違いないと判断しても大丈夫だろう。


「……なぁ、ハルト。

 "ヨーヘー"ってなんだ?」

「葉柄ってのは、茎と葉身、つまり葉っぱと茎を繋げてる部分のことだよ」

「……なんでそんなこと知ってんだ?

 お前、向こうじゃそっちの専門家でもあるのか?」

「いや、基本教育として習ったんだよ。

 ……というか、ヴェルナさんもギルドで詳細を聞いたろ?」

「…………」


 ……聞いてないぞって顔をされた。

 ちらりとサウルさんへ視線を向けると即答された。


「ハルトほど細かくは憶えてねぇぞ。

 ある程度の特徴から、これだと分かるくらいには分かるが」

「そうなのか。

 ともかく、これで間違いなさそうだよ」


 口から出かけた言葉を飲み込み、俺は話を戻した。

 あえて突っ込むことでもないだろうし、俺も薬師になるつもりもない。

 問題なく依頼を達成できれば、それで充分だからな。



 "ラヴァンディエ"。

 薬花やっかとこの世界では呼ばれる、薬効成分を強く含ませた特殊な花だ。

 当然、調合の取り扱いには細心の注意が必要となるそうだが、俺たちはあくまでも依頼を受けただけだから気にすることもない。


 ギルドから借りたバッグから小さな鉢とスコップを取り出し、根を傷つけないよう丁寧に植え替えた。


 今回の依頼はラヴァンディエの採取ではない。

 達成条件は、"可能な限り状態を保ったまま持ち帰る"こと。

 そうすることで最高に近い品質の薬を作れるようになるそうだ。

 特にラヴァンディエは一株でも手に入れば十分で、ここから相当量の生産が可能となるらしい。


 素人程度のハーブや薬草については少し学んだが、薬師のことは正直に言えばまったくといっていいほど理解してないから、実際にこれをどう使うのか俺には見当もつかない。

 薬を自作するつもりもないなら必要のない知識になるし、討伐や護衛、配達任務を多く受けてきたふたりも薬学知識に関してはないみたいだ。


 もっとも、このラヴァンディエはフォルシアンの湖周辺に咲く固有種らしいから、これだけ知ってるのもどうかと思うが。

 仮にその知識を持ち合わせているんなら、それはつまるところこの花から作られる薬の世話になっているってことになるから、あまりいい話は聞けそうもないだろうと思えた。


「これで完了だな」

「ランクBの依頼にしちゃ、割と呆気ねぇな!」

「まぁ、こんなもんだろ。

 随分と町から離れてるし、道中の危険はなくとも面倒な依頼扱いされてたみたいだからな」


 確かにここは、ヴァレニウスから12キロほど離れてる。

 道中の魔物に危険性を感じなくとも、町までの往復を考えるとそれなりの時間が必要だし、摘み取らずに鉢へ植えて持ち帰る手間もかかると言えるが……。


「そうは言っても、たかだか12キロ程度だろ?

 そのくらいは鍛錬で毎日走ってる冒険者も多いことを考えれば、面倒な依頼とも思えないぞ」


 目的地まで走ることはないんだから何も問題ないと思える依頼内容だったんだが、この世界の住人は余程面倒くさがりなんだろうか。


「報酬金が微妙って思われてんじゃねぇか?

 俺としては、そこそこの額をもらってると思うが」

「でも、これだけで20万リネーはもらい過ぎじゃないか?

 ひとり当たり66000リネーは、日当で計算すれば十分だろ」


 冒険者4人で来ても50000リネーだ。

 それだけの日当を、こんな散歩みたいなことで入手できる仕事を俺は知らない。

 高校生のバイトはもちろん、大人だってここまで楽に稼げる職はないはずだ。


 特にこの周辺は盗賊も発見されてない上に、視界が良好な場所も続く。

 危険な魔物もいないと言われる涼しげな林を歩くだけでもいい気分転換になると俺には思えてならないが、実際にはそう思われること自体が非常に稀のようだ。


 だとしても、依頼を受けない理由には繋がらない。

 やはりこの世界の価値観や、冒険者としての意識の低さにも通ずる話なのか?

 あまり考えたくはないが、掲示板に貼り出され続けている理由もそれくらいしか俺には思い当たらなかった。


 思えば依頼書を受付に持ち込んだ際も、満面の笑みで礼を言われたな。

 もしかしたら、冒険者には見向きもされない依頼だったのかもしれない。


「花の特徴覚えるのが面倒なだけだろ?」

「そりゃお前だけだ」

「ぅぐっ!」


 サウルさんに突っ込まれたヴェルナさんの表情は、とても悔しそうだった。

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