第125話 重みが違うんだよ

 それにしても、サウルさんの一撃は血の気を引かせる威力があった。

 凄まじいまでの一撃必殺に特化した動きではあるが、もちろん別の手段を確立してるからこそ超重武器と言われる戦槌を装備してることも理解できた。


 ヴェルナさんは多人数に囲まれた事態を想定して範囲攻撃を可能とした。

 彼女の強みは、しなやかな筋肉から繰り出される技の多彩さにあるだろう。


 大剣とはいえ、アニメやゲームに出てくるような馬鹿デカい剣じゃない。

 俺の世界でも現実に存在した"トゥーハンデッドソード"が適切な表現か。

 間違いなく一対多数を見越して選んだ武器だ。


 片手剣では限られる範囲攻撃も大幅に広げ、その大きな隙と思わせる場所に飛び込んできた盗賊を体術でぶちのめす攻撃手段は理に適ってると思える。

 何よりも打撃した直後には大剣での連撃へ繋げられる、言ってみれば隙を極端に減らした戦い方をヴェルナさんは好むんだろう。

 そうでもなければ、こういった重い武器を選ぶこともないからな。


 恐らくは靴の本底アウトソールが相当硬い素材で作られてるだろうから、単純な蹴りだとしても致命傷に繋がる強烈な一撃になるはずだ。


 上位冒険者の装備が充実してるのは当然なんだろうけど、自身の弱点を克服するための装備を付けるのも人によっては必須なのか。

 俺の場合は技術面で補うべき課題が多いから、装備に関しては軽い剣で戦うことや動きやすい服装くらいしか考えてなかったな。


 出会った当初は片手剣を装備していたふたりだが、それはあくまでも魔物から護衛することを想定しての武器選択だったようだ。


 確かに大剣も戦槌も一撃一撃は重いが、小回りが利かないからな。

 誰かの護衛を優先する任務には邪魔になることも多いと思えた。



 だが、あれだけの強さを見せたサウルさんでも、馬車を引く任務を好んで受けていた以前の彼とは明らかに衰えたと、ヴェルナさんは呆れながら話してた。


 武芸者として言葉にするなら、"もったいない"の一言だ。

 高めた技術を使い続けなければ衰えるのも当然だが、厄介なのは頭では理解しづらい点にあるだろう。


 かつてと同じように力を揮っても、思った以上の成果は得られない。

 それが大きな違和感として脳内に焼き付き、時には判断力を鈍らせ集中力を途切れさせる状況に陥りやすい。


 克服するように以前と同じ状態へ戻すのには、並大抵の努力では難しい場合も多いと言われるし、そこに限界を感じた者が別の道に向かうことも十分に考えられるほど厄介なものだとも思える。


「……ま、早めに戻すぜ。

 こういうのは考え過ぎても仕方ねぇからな。

 頻繁に体を動かしてりゃ何とかなるだろ」

「サウルらしいよ、その前向きな思考は。

 ハルトと合流するまでのパルム、ハールス間の移動でも努力し続けてたのをアタシは知ってるし、今の一撃は昔のサウルを彷彿とさせるものを感じた。

 以前の技量に戻るのも、そう時間はかからないと思うぞ」

「俺からすると集中力も切れた様子はなかったし、対象だけじゃなく周囲への警戒も張り巡らせていたから、今のまま敵を確実に倒せれば十分だと思う。

 動きを見た感じでは強烈な一撃を避けられた場合の対処法もあるみたいだから、むしろ急がずにじっくり戻していくほうが、却って今後の成長に繋がるんじゃないかと判断するよ」

「そうか!

 ハルトが言うんだから間違いねぇな!」


 豪快に笑うサウルさんだが、肝心なことに気付いてないような気がした俺は突っ込むように即答した。


「流派も異なるし、俺の言葉を鵜呑みにし過ぎるのは良くないと思うぞ」

「その辺は理解してるつもりだ。

 でもな、やっぱ人に技術を教えられるハルトの言葉は重みが違うんだよ。

 口先だけの連中と比べるのも失礼だが、心にしっくり来るんだよな」

「あー、いるよな。

 ロクにできもしねぇことに口を出す軽薄なやつ。

 そういうの見てるとアタシはぶん殴りたくなるよ」


 嫌悪感を剥き出しで答えるヴェルナさんの気持ちも良く分かる。

 俺の世界には、自分ができもしないことを批評するやつが多いからな。

 競技も未経験でプロ選手に毒舌かます連中を見たら、ふたりはどう思うのか。

 興味は尽きないが、今の彼女と同じ表情になるのは間違いなさそうだ。



 最低限の素材を回収し、俺たちは先へ進む。

 よく日の当たるこの場所は適度に風が通り抜け、熱を帯びた体を優しく癒した。

 そういえば、森林浴って言葉も俺の世界だけなんだろうな、なんて話しながら、見通しが良くてどことなく水の香りを感じさせる林を談笑しながら歩いた。


 "イェルムの林"

 ヴァレニウスだけじゃなく、フォルシアンの湖周辺を囲うように広がる。

 別段、変化を感じさせるような魔物は出現せず、隠れる場所もないため盗賊がいないとても穏やかな林で、危険種の発見報告もこれまでされていないと聞いた。


 綺麗な水質の湖から育った植物は固有種も多く、畔付近は薬学的にも非常に価値のあるものが群生している。

 そういった意味でも、経験を積んだ薬師の修練場所としても重宝される。


 湖の周辺にはヴァレニウスのような町がいくつか造られているそうで、その中のひとつである北東寄りの場所には都市とも呼ばれる規模の大きな町もあるらしい。

 総人口はおよそ5万人以上で、これまで訪れたどの町よりも大きいのは確実だ。


「そこまでいくと、さすがに活気が強すぎるんだよな」

「1万人くらいの町が過ごしやすくていいと思うぞ。

 それだけ大きければ武具も雑貨もある程度は揃うし、店も充実してる。

 何よりもギルドがデカいから、仕事内容もそれなりに豊富だ」

「依頼人も増えれば、それだけギルドも大きくなるってことか。

 人が集まるのにも理由があるだろうし、素材も魔物も多数いるんだろうな」


 なるほどと納得する。

 当然、掲示板に貼り出されたまま放置される依頼書も増えるようだが、今回受けた依頼のように特殊な薬の精製に必要となる花も採取されないんじゃ、ギルドが大きくてもあまり意味がないと思えてしまった。

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