第124話 個性を重視した戦い方
見通しのいい林を、俺たちはそれぞれ別の方向へ駆ける。
前方から迫るボアをサウルさんが、こちらに気付いたばかりの左にいるディアをヴェルナさんが、そして俺はいちばん素早いラピッドマーモットへ距離を詰めた。
混戦ではあるが、それほど珍しいことでもない。
ふたりもしっかりと経験を積んだ冒険者だ。
怪我もなく倒してくれると信じてる。
それよりも、眼前の敵に集中する。
マーモットといえば確かにデカいが、その魔物ともなれば結構厄介だった。
ラピッドと名称が付けられた魔物は他にもいるし、この周辺でもリス型のラピッドスクワールが生息してると聞いた。
しかし、今まさに迫りつつあるマーモットは、その大きさも相まって個性的な魔物のようだな。
威圧感はボアが勝るし、速度もディアより多少早い程度か。
だが、強靭な顎から繰り出される噛みつき攻撃は厄介だ。
馬鹿にできない威力を持つとも聞いたから、警戒する必要がある。
……当たれば、ではあるが。
"明鏡止水"で瞬時に真横へ移動し、首を"紫電一閃"で切り上げる。
どちらも最大限の加減をすることで威力を最小限に留めつつ、確実に倒せるだけの攻撃を通した。
当面の課題は、長時間の高速戦闘を維持し続けられる技術力の強化だ。
近いうちにそれも完成するだろうが、そうなれば雷のような動きが可能となる。
そして同時にそれは、一葉流武術の"奥義"に至る力として昇華できるだろう。
一葉流武術・極の型、"疾風迅雷"。
この奥義を使いこなせる領域に到達した者は、歴代師範の中でも極少数だ。
現代では必要とされない過分な力であることが大きな理由となっているが、これは実戦形式で"紫電一閃"を使い続けなければ体得できないと言い伝えられている。
つまるところ、現代において過ぎた力である"一葉流"は衰退の一途を辿っていることにもなるんだが、それはそれでいいと流派の開祖は言葉を遺した。
元々は人の命を奪う目的で作り上げた流派ではあるが、平和であることを心から望んで考案したからこそ生まれた技術でもあるとも言われている。
聞いた当時の俺には正直よく分からなかったが、今ならば理解できる気がした。
"一葉流"は他を圧倒するほどに強力だ。
だからこそ、正しく使わなければならない。
人の命を軽々と摘み取れる力だからこそ、
一気に距離を詰めて勝負をつけたこともあって、ふたりが魔物に攻撃を当てる手前だったようだ。
迫るディアが地面から掬うように鋭い刃物のような角を振り上げる。
丁寧にかわしたヴェルナさんは、そのまま体を横回転させながら大剣を振った。
首元へ直撃させた大剣の勢いを止めず、倒れるディアへ回し蹴りを叩き込んだ衝撃で距離を取った。
……すごいな、今の動きは。
大剣を振り回すことで発生する強烈な遠心力に逆らうことなく次の一撃を連撃で入れた上で、さらに相手から離れたのか。
重量級の武器だからこそできる技術だとは思うが、こんなことを可能とするのは彼女だけなんじゃないだろうかと思えた。
それにあの攻撃は流れるようだった。
まるで優雅な美しい演舞を見ている気持ちになる。
その中に繊細さすら感じさせる、攻撃と回避を両立した連撃だ。
自然体で凄く綺麗だな、ヴェルナさんの動きは。
普段の豪快な彼女を見ているせいか、それをより強く思わせた。
「今は魚って気分なんだが、やっぱ美味そうだな」
そう言葉にした彼女は、いつもと変わらない姿に戻っていた。
まぁ、こっちのほうが落ち着くと感じる俺もどうかとは思うが。
あとはサウルさんだが、相手はボアだし問題ないだろう。
猪突猛進で体ごと当てようとするイノシシに、地面を強く踏みしめ力を溜める。
やや後方、上段に構えた戦槌を、間合いに入った瞬間ボアに振り下ろした。
大地が揺れるほどの衝撃と、大岩を砕くかのような豪快な音を周囲に響かせた。
ボアの頭をすっぽりと地面に埋めるほどの痛烈な一撃が叩き込まれたようだ。
溜めた力を放出するようにゆっくりと息を吐くサウルさんは、右肩に戦槌の柄を乗せて俺たちと合流した。
「相変わらずの剛腕だな、サウル」
「お前も変わらずだろ?
さすがに見えなかったが」
「まさか、迫るボアを腕力でねじ伏せるなんてな」
「すげぇだろ。
アタシには真似できねぇ芸当だよ」
「どちらも個性を重視した戦い方で凄かったよ」
「ま、早い魔物にゃ当て辛いが、それならそれでやり方があるからな。
片手剣は盗賊相手にするなら都合はいいんだが、本気で力を込めただけで軽々とヘシ折れる耐久性のなさが問題だな」
「普通は折れねぇように使うもんなんだよ。
無駄に筋肉ばかり付けやがって……」
「無駄じゃねぇ!
筋肉は裏切らねぇんだよ!」
凄い理屈だが、言いたいことは理解できる。
俺としては速度を重視したいから付けられないが、あれほど豪快に戦槌を叩きつければ爽快だろうな、とは思えた。
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