第123話 示すための指標
まぁ、想像通りと言えばそうなんだが、やはり湖関連の仕事ばかりだな。
世界で3番目に大きいと言われる湖だから、それだけ水産、森林資源が豊富なのは理解できる。
綺麗な水なら、その恩恵もより大きくなるはずだ。
良質な素材から様々な加工品が作られ、人々の暮らしも良くなる。
産業革命も起きていない中世と言えるほどの文明力だからこそ水質汚染もないだろうし、この世界の住人は無闇にゴミを投げ捨てたりもしない。
こういったところも日本人の俺からすると過ごしやすく、好感が持てた。
……最近になって、時々思うことがある。
この世界と日本を自由に行き来できたら、と。
そうすれば様々な問題は解決するし、この世界に長期滞在も可能となる。
少なくとも父に心配をかけることはなくなるだろうから、気に入った場所に拠点を造り、自由気ままな暮らしが好きなだけできる。
静かな湖畔に住んでみたいと佳菜も言っていた。
このヴァレニウスなら、静かな時間を過ごせるんじゃないだろうか。
サウルさんとヴェルナさんの4人で冒険者暮らしも楽しそうだな。
世界中を旅しながら、自分たちに合った場所を探すのもいい。
夢ばかりが膨らんでしまうが、残念ながら不可能だろう。
もし現実的に可能なのだとしたら、俺の世界にもそういった伝承が残っていても不思議ではないからな。
恐らく勇者召喚される者は、地球出身者だけではないはずだ。
パラレルワールドのような並行世界からこの世界に降り立つ者も多いと思えた。
当然、似たような世界であって、そこは俺のいた地球じゃない。
もしかしたら一条だって別の世界から来た日本人なのかもしれない。
それを確かめる術はいくらでもあるが、俺から訊ねることはないだろう。
聞く必要なんて、俺にはないからな。
一条が並行世界の日本出身だからといって、何が変わるわけでもない。
いずれはそれぞれのいた世界に戻り、いつもと同じ日々を過ごすだけだ。
俺とは若干違う時間軸を生きているかもしれない。
もしかしたら同い年でありながら、生まれた年に差異が出ることもある。
だとしても、あいつへの態度を変えるとも思えないし、確かめたところで"あぁ、そうなのか"程度で終わる話だ。
ふと気づくと、ヴェルナの視線がこちらに向いてた。
「なんか、面白そうなことを考えてるな」
「それほどの内容でもないけど、あとで話すよ」
「そうしてくれ。
面白そうな気がするからな」
楽しそうな表情で答えるヴェルナさんだった。
本当に毎日が楽しそうだ。
正直俺には羨ましく思えた。
掲示板に視線を戻し、その内容を確認する。
湖と反対側、つまり街道方面にいる魔物の討伐依頼もなくはないが、ディアやボアを中心に周辺調査と間引きを目的とした巡回警備の募集が多いようだ。
これに関しては討伐する必要がなくても日当で報酬が支払われる。
調査を名目に出された依頼には必ず憲兵の書記官も同行し、調査報告書を書き記しながら周辺を歩き続けるのだと聞いた。
こういった依頼はどちらかといえば冒険者ではなく憲兵の仕事にも思えるが、むしろ初心者を卒業した若手冒険者に向けて依頼書が貼り出されてるみたいだな。
書記官といえど憲兵だから、それなりの実力者が付くらしい。
ということは、色々な知識を学びながら周辺を調査できるんだろうか。
思えば、パルムでは見かけなかった仕事だな。
国が違えば冒険者への依頼も変わることは聞いてたが、このヴァレニウスに生まれ育っていたら別の道を歩きながら強くなっていたのかもしれない。
どちらにしても、結局やることは魔物の調査と退治になる。
技術さえあればそれほど難しい仕事でもなさそうだな。
「高ランク依頼、ほとんど取られてるな。
ヤバイ魔物もいなさそうだし、ほんと穏やかな町だな」
「ハルトは上位冒険者と依頼を受ける際の注意点を聞いてるか?」
「一通りは冒険者登録を済ませた時に聞いたよ」
「アタシん時は、そんな話されなかったぞ」
「そりゃ、お前が興味ないから聞いてなかっただけだろ」
「そういや、話が長かったことだけは憶えてるな」
豪快に笑うヴェルナさんだが、こちらに視線を向けながら苦笑いをしてることにも気付いてほしいと思えた。
そういえば、俺はまだランクF冒険者だったな。
色々と功績を挙げたが、ランクを上げるメリットよりもデメリットの方が目立っていたし、これまで辞退し続けていた。
こういったことも冒険者の自由意志を尊重してくれるのはありがたい。
失敗すれば高額の違約金を請求されるが、高ランクの依頼を受けられないわけでもないし、結局ランクは受け手側に依頼の難易度を示すための指標に過ぎない。
格上ランクと同行すること自体に問題はないが、格下の冒険者を連れ歩いて依頼を失敗した場合、その内容次第で格上の冒険者はペナルティを受ける。
そのほとんどは罰金程度で済むらしいが、何か不祥事のような事態となると大変なことになりかねない。
すべての責任を負う覚悟がなければ、信頼の置けないような格下冒険者を連れ歩かないのが一般的と言われているようだな。
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