第122話 狂狼

 テグネール広場でしばらくのんびりと過ごした俺たちは、人混みが落ち着くのを見計らってギルド会館の扉に手をかけた。


 どうやら、この町のギルド内には飲食スペースがないようだ。

 とても質素な造りで、右手に掲示板と正面に受付が置かれてるだけみたいだな。

 一応5つほど受付は用意されているが、左3つはカーテンがかけられていた。


 掲示板の前に数名の冒険者がいる程度で随分と静けさを感じさせる館内に、こちらとしてはじっくりと依頼書が見られそうだと安心した。


「結構ギスギスするからな、朝一は。

 このくらい時間をずらせばどこも空いてるみたいで助かるぜ」

「アタシも混み合うのは嫌だから、休憩できたのはちょうど良かったな」

「いらぬ厄介事も増えるし、俺も時間をずらして依頼書を見てたよ」

「「ハルトは喧嘩売られやすそうだからな!」」


 同じことを同じ顔、同じ口調で言われた。

 分かっていたつもりだが、どうにも俺は馬鹿どもを寄せ付けやすいらしい。


 ……いや、分かりたくもないが、実際に絡まれやすいからな、俺は……。


「苦労しそうだよな、ハルトが冒険者やってると」

「昔のアタシみたいにギラついた瞳で歩いてりゃ、馬鹿も寄って来ねぇよ!」

「……それはそれで違った問題になるんじゃないか?」


 本心から思えたが、どうやらそうでもなさそうだ。

 こういったところにも、この世界独自の価値観があるのかもしれないな。


「そうでもねぇぞ。

 馬鹿は寄って来ねぇが、実力者は寄って来るんだ。

 それこそ本物の強者からパーティーに誘われるからな。

 仲間を探してるなら結構有効な方法だと思うぞ」

「……そうなのか」


 思わずサウルさんに視線を向けてしまったが、呆れたようにヴェルナさんを見つめる彼の表情でおおよそは理解できた。


「……お前だけだよ、そんなことしてんのは……。

 ヴェルナは知らねぇだろうけど、お前、"狂狼"って呼ばれてたんだぞ……」


 狂犬ならぬ"狂狼"って……。

 いったいどれだけギラついてたんだ、昔のヴェルナさんは……。


「マジかよ!?

 カッコイイじゃねぇか!

 ま、アタシもオトナになったからな!

 ガキの頃と比べたら随分と丸くなったもんだ!」

「……念のため言っておくが、誉め言葉じゃねぇからな」


 白い目で答えるサウルさんだが、肝心の彼女はとても楽しそうに笑っていた。


 誉かどうかはとりあえず置いておくとして、貼り出された依頼書に目を通した。

 やはりというべきか、この町は中々に個性的な依頼が多いようだな。

 それも想定していたが、正直なところ俺たち向きだとはとても思えないような貼り紙がとても多かった。



『薬草アレリードの採取。

 一株6200リネーから。

 状態の良し悪しで増減あり』


『バリエンダールの球根。

 グラム120リネー。

 採取から3日以内限定』


『フレーリンの花蜜。

 ミリグラム800リネー。

 不純物が過分に含まれる蜜は不可。

 特殊機材の貸し出しと採取法も教えます。

 高品質のものに限り倍額での買取も検討します』



 ……どれも俺の知らない薬草だ。

 恐らくは湖周辺に群生する固有植物なんだろうな。

 これに関してはギルドで詳細を聞くこともできるが、湖に行くなら別の依頼をとも思えた。



『湖岸に近づいたホードの討伐。

 1匹12000リネー、素材買取も別途あり。

 10匹ごとに1割増しで報酬に上乗せします』


『ヘダー討伐。

 1匹88000リネー。

 船の貸し出しと討伐用の特殊な銛も用意します。

 素材も適正価格で買い取ります』



 ……こっちは湖に住む魚の魔物の討伐依頼か。

 それほど大きくない魚が湖岸に来た場合に倒すものと、船に乗って湖の上で大物の魚魔物を討伐する依頼になりそうだな。


 前者はともかく、後者は危険極まりないと思えるのは俺だけだろうか。

 足元が不安定な湖面での戦いともなれば、相当の技術がなければ倒せないし、何よりも特殊な銛を貸すって話だから相当厄介な魔物なんじゃないか?


 "一閃"のように一撃必倒でもしなければ、かえって身の危険を感じるほど危険な相手だと思えてならないんだが……。

 それに1匹、とんでもない怪物が湖に存在してるみたいだな……。


『イッターシュトレーム捕獲に1200万リネー』


「……なんだ、これ……。

 どんな悪党集団の懸賞金だよ……」


 思わず言葉にしてしまった。

 あまりにも馬鹿げた金額に苦笑いしか出なかった。


「あー、そいつぁ違うぞ、ハルト。

 イッターシュトレームってのは魚だよ」

「魚1匹に1200万も出るのか?」

「正確には"フォルシアンの主"だな。

 幻の魚で、噂じゃ古代魚の生き残りって話だ。

 大きさも3メートル級もあるらしいが、誰も実物を見たことないんだよ」

「アタシは大蛇みたいなやつで、10メートルはあるって聞いたぞ。

 なんでも丸呑みにする魔物のような魚なんだと。

 そういうの、"未確認生物"とか言うんだったか?」

「確か未確認動物だったと思うぞ」

「まぁ似たようなもんだよな。

 なんせデカい湖だから、そんなのが泳いでるって噂が絶えないんだ。

 ……というか、まだ貼ってあったんだな、それ。

 アタシが来た時にもあったぞ」


 要するに、ツチノコとかネッシーみたいなものか。

 どうりで馬鹿げた額の報奨金が提示されていると思った。


 どの世界にもいるんだな、そういうのが好きなやつ。

 昔はテレビでもよく特集を組んでたって父が笑ってたな。


 この調子だと"埋蔵金を掘り当ててください"、なんて依頼が真面目に貼り出されているかもしれないな。

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