第121話 そんな日も悪くないと
翌朝、俺たちは乗合馬車の予定を確認へ向かった。
どうやら西の町へは明後日の便が出るらしく、予約を取った。
タイミングが悪いと時間を空けることにもなるし、これはこれで良かったと思うんだが、もう少しゆっくりしてもいいような気がしたのはパルムで起きた大きな厄介事のせいだろうな。
乗合馬車の旅は割と俺に合ってるし、疲労感はないから大丈夫だ。
でも、精神的には重いものを抱え込んでるかもしれない。
こういったものは分かりづらく、一気に噴き出すと聞く。
しばらくは注意深く行動したほうがいいんだろうか。
そんなことを考えているとヴェルナさんは訊ねた。
「今日と明日空くが、どうする?」
「なんか依頼探しに行ってみるか?
俺も随分とご無沙汰だから新鮮な気持ちだな」
「とりあえず、掲示板を見てみようか。
この町特有の依頼がないか、興味あるよ。
朝食も取りたいし、歩きながら適当に店を探そう」
ふたりも了承するが、朝食を取らずに依頼へ向かう冒険者は少ない。
何も食べなければ力が出せないのは、この世界でも常識とされている。
そういった点は、現代の日本よりもしっかりしているように思えた。
思えば冒険者は自由稼業とはいえ、朝早くから依頼書の確認や冒険の準備、出発するのが一般的だ。
もちろんそれは好条件の依頼が朝一で掲示板に貼り出されるからで、何も競争しなくても金を稼ぐ目的なら残った依頼でも十分すぎるはずなんだが、どうも好条件を狙いに行く冒険者がこの世界には相当多いらしい。
比較的楽に金を稼ぎたいと思う気持ちも分からなくはない。
けど、そのせいで優先順位が自然と決められて、条件が少しでも厳しいと掲示板に貼り出され続けることも多いと聞いた。
パルムの掲示板にあったメリルオト採取のような採取場所に行けない特殊な場合は仕方ないが、それでも貼り出され続ける依頼主はどう思ってるんだろうな。
そういったこともあると半ば諦めているのか、それともその可能性も考慮した上で長期的に冒険者が受けてくれるのを待ち続けているのか。
興味深いところではあるが、貼り出す側から考えると結構複雑な心境になった。
ヴェロニカさんの経営する"月夜の湖亭"の営業時間は、昼前から夜だ。
残念ながらこの時間は仕込み中らしく、朝食を取ることはできない。
とはいえ、この町は新鮮な魚を使った料理が豊富だ。
屋台も色々と出店しているようだが、これらの店も旅人向けで出されていると聞いた。
まぁ、素材を活かした料理で店を出しても繁盛しなさそうだ。
いってみれば、家で作って食えばいいだけからな。
「あの店、なんか美味そうだな」
「サンドイッチか。
歩きながら食えそうだな。
ハルトもあれでいいか?」
「あぁ、いいよ」
3人分注文し、歩きながら食べる。
そんな日も悪くないと思えた。
香り高く、少し硬めのライ麦パンに酢漬けのサーモンと生野菜がサンドされたもので、これも相当に美味かった。
やはりこの町は魚料理を食べるべきだと改めて思ったが、実際にはボアやディアの燻製肉をサンドする店もあるようだ。
魚に飽きたら肉をどうぞってことなんだろうけど、俺たちは随分と肉が続いたからか、しばらくは魚料理を食べたいと思えた。
がやがやと賑わいと見せる中央通り。
ここに限らず、町の中心には重要な施設が多く集まる傾向が強いらしい。
各ギルドの本館が置かれているのも、ほとんどは町の中央区になるようだ。
「ヴァレニウスは中央が噴水広場になってるんだな」
「……あんなのあったか?
アタシが来た時は随分前になるが、記憶にねぇな」
「確かに、8年前にはなかったな。
……そういや、ここには商会があった気がするぞ」
「あー、それだ。
"テグネール商会"の本館があったんだ。
そりゃ違和感も強いよな」
詳しく聞いてみると、この町でも五指に入るほど大きい商会のようだ。
武具や道具を中心に質のいいものを取り揃え、客の要望にもある程度答えてくれる特殊な店で、現在では他店がその方針を真似て集客しているのだとか。
「元々は小さな馬車の行商人から始めた若者が、現在では大商人として多くの部下を動かしてるんだとよ。
見込みのあるやつには資金援助をしたりもするってんで、評判も相当いいぞ」
「アタシの記憶じゃ、ここの商会は品も店員も質が良くてな、正直他の店で質の良いのがあってもここで買いたくなるような店なんだ。
ここには確か何でも売ってるデカい本館があったはずだと記憶してるんだが、なくなっちまったみたいだな」
どうもフロアごとに違う種類を売っていた、いわゆるデパートみたいな建物だったようだが、現在では涼しげな噴水と花々に囲まれたベンチになっているようだ。
これはこれで景観はいいと思えるが、建物がないことに首を傾げてしまう。
「ま、考えても答えは出ねぇよな。
……あんた、この町の人か?」
「え?
うん、そうだよ」
通りすがりの若い女性に声をかけたヴェルナさんは、詳細を訊ねた。
「ここっていつから広場になったんだ?
テグネール商会があったはずなんだが」
「あぁ、それは――」
その女性からは、俺たちが想像していたこととは違う答えが返ってきた。
ここに広場ができたのは5年前。
その際、ある飲食店から火災が起き、半焼したらしい。
幸い死傷者も出さずテグネール商会も無事だったが、商会長であるテグネール
氏が火災の危険性を訴え、大規模な移築工事を計画したのだとか。
「ここは町の中央だし、何かあったら大きな問題になるって訴えたテグネールさんが、移築費用のすべてを負担された上に現在の噴水広場も造ったのよ。
正式名称は"憩いの泉"だけど、町のみんなは"テグネール広場"って呼んでるの」
女性はとても嬉しそうな笑顔で答えた。
どうやらテグネール氏はヴァレニウスで相当慕われているようだな。
「そうか、ありがとよ」
「素敵な広場でしょ?
良かったらのんびりしてみてね。
きっとこの町を好きになると思うから」
「あぁ、そうだな」
終始笑顔を見せ続けた女性は、その場を離れた。
……全額負担で移築と広場の建設、か。
いったいどれだけの費用がかかるのか想像すらできないが、とりあえず莫大な資金が投入されたことだけは俺にも分かった。
少なくとも、これだけは断言できた。
「随分と人のいい大商人みたいだな」
「さすがに俺も驚いた。
大きな馬車を買うとなれば、目が飛び出るほどの金額がかかる。
噴水を造るだけでもそれ以上の額が必要だったことは間違いないな」
「……なんか、依頼受けに行く気持ちが落ち着いちまったな」
そう感じるのは、この町の住民が纏う気配からだろうか。
なんだかリゾート地の繁華街を歩いてるような気分になる。
悪いことじゃないとは思うが、気を抜き過ぎないといけないな。
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