第127話 お前の自由だよ
冷静に考えてみれば、魔物の討伐報酬が高すぎる気がした。
ティーケリみたいな怪物級とは比べなくとも、ディアやボアを1匹狩るだけでも相当の収入になる。
当然、それには相応の技術が必要だ。
仲間が数人いれば安定するとも限らないが、狩りやすくはなるだろう。
思えば採取依頼はあまり受けられない傾向を感じた。
それを掲示板に放置された採取系の依頼書が証明している。
「どっちも求められてるからこその"依頼"なんだと思うんだけどな」
「まぁ、魔物を狩れる冒険者からすれば、楽に稼げるって判断する気持ちも分からなくねぇよ。
正直、ボアとディアの討伐依頼は人気なんだよな。
肉は美味いし、素材も使い道が多い上に肉も美味い」
「……"肉が美味い"ってことしか頭に残らねぇな、その言い方……」
呆れながら答えるサウルさんだが、どちらの気持ちも十分に伝わった。
結局は、需要と供給から敬遠されがちの依頼ってことなのかもしれない。
それはそれで思うところも多いが、依頼を受けるのも自由である以上、あまり強くは言えないのがスッキリしないけど、そういったことも含めて冒険者の意志に託されてるってことなんだろう。
「町の近くにいるディアやボアを数匹狩ったほうが楽に稼げるのも事実だからな。
場所によっては若手冒険者に任せるギルドもあるけど、ヴァレニウスは違った。
それに、ここと反対方向には"ゲイルウルフ"が結構出るって聞いたぞ。
こいつは普通の狼よりも小さめの魔物だから、町に持ち帰りやすいこともあってか相当人気の討伐依頼らしい」
あくまでも噂で小耳に挟んだ程度で、ふたりも実物を見たことがないと話した。
それほどヴァレニウスに滞在したわけでもないし、これは5年以上前の話になるから今も同じとは限らない。
そうはいっても、固有種の魔物とふたりが対峙してないのも当然だと思うが。
"ゲイルウルフ"。
疾風の異名が付けられた非常に素早い狼型の魔物で、4~6匹での集団行動をすることで討伐対象ランクはBとなっている。
動きも普通の狼より少し早い程度だと聞くが、それでも集団戦を余儀なくされることで高ランク冒険者を対象とした依頼とギルドから認定された魔物のようだ。
だが、所詮は小型の狼だ。
獰猛に襲い掛かるとはいえ、陣形を組むほどの知恵もなければ戦術も持ち合わせていない相手に、それほどの脅威を感じるとも思えない。
ギルドからはランクB推奨と言われているが、ここにも首を傾げてしまう。
もしかしたら、一般的な冒険者はあまり鍛錬を続けないんじゃないだろうか。
……いや、きっとそうじゃないな。
正確に言えば、ランクC冒険者の中には技術的に乏しい者が多いんだ。
だからこそ制限をかけて、
それならば辻褄が合う気がした。
思い起こしてみれば、俺を背後から襲ってきた連中もランクCだったな。
名前も憶えてないようなどうでもいいやつらだが、あの程度の技量で務まるんだから経験を積めば誰でもなれるランクなんだろう。
要するに、ランクBはそれ以外の熟練者ばかりが多いのかもしれない。
程度が低く、力をひけらかすような連中が昇格できないようになっていることも考えられた。
「ハルトの言いたいことも理解できるつもりだが、正直俺はランクCからBに上がった時の気持ちは昔過ぎて忘れたな」
「ランクAに上がった時はそれなりに達成感はあったけどよ、簡単にランクが上がった印象しかないな、アタシは。
それに、何が変わるってわけでもねぇからな、冒険者のランクってのは。
信用に関わるから商業ギルドじゃかなり厳しいみたいだが、冒険者ギルドじゃあんなもん飾りだよ、飾り!」
そうなんだろうなと納得する一方で、確かに依頼を受けるだけならランクは関係ないのが冒険者だ。
楽しそうに笑うヴェルナさんじゃないが、確かに俺も飾りだと思えた。
そんなものがあってもなくても、自身の強さに関係ないからな。
護衛をするなら必要になってくる程度のもので、結局はそれも"信用第一"だからこその制限だし、依頼人が重視するのも当然の判断だ。
しかし、ラヴァンディエは優先して達成するべきだと思えた。
受付で詳細を聞いて、3人が顔を合わせただけで即断した依頼でもある。
これは特定の病気を治すのに必要となる
命に別状はないが、風邪とは違う種類の苦しみがしばらく続く病気だと聞いた。
報酬も悪くない点を考えれば受けない理由のほうが俺には思い当たらなかった。
一株で多くの薬を作れるらしいから報酬も高めで設定されてると判断したんだが、どうにも俺の価値観と噛み合わないところも多いんだよな、この世界は。
「……確かにボアやディアを狩れば金になるのは分かるんだけどさ、そこじゃないだろって思いたくなるんだよ」
この"ラヴァンディエ"は、世界でも水質のいい湖周辺にしか咲かない特殊な花。
ヴァレニウス所属冒険者なら、率先して依頼を受けるものなんじゃないのか?
病気で苦しんでる人たちのために必要とされるものを採取することも、大切な仕事のはずだ。
討伐依頼を優先して達成し続ける先輩冒険者たちが、まるで金にがめつい連中に思えてしまう。
そうじゃないだろ、冒険者ってのは。
確かに依頼の選択は本人の自由だし、それを強要するつもりもない。
でも、誰かのためになる依頼と、金銭目的で討伐依頼を選ぶのは間違ってると思えた。
実際には別の理由で討伐依頼を受け続けているのかもしれないが、全員が全員そうじゃないはずだし、依頼書を放置され続けられるとは考えにくい。
特に今回は、カティが依頼した"猫探し"のようなものではない。
依頼人から詳細を聞き、ギルドが正式に許可を出して貼られた採取依頼だ。
いったい何を考えているんだろうかと思えてならなかった。
「……ま、あんま考えすぎんな。
"そうなりたくない"と感じるのもお前の自由だよ、ハルト」
「お、いいこと言うじゃねぇか」
「アタシもこういう依頼を達成するのは気分がいいからな」
「そうなのか?
俺ぁてっきり、お前がイノシシ追いかけることに人生賭けてると思ってたぞ」
「……アタシを何だと思ってんだよ、サウルは……。
大体イノシシは見つけたら追いかけるもんで、こっちから探しに行くもんじゃねぇよ」
彼女から発せられた言葉は、俺たちの腹に突き刺さるような衝撃があった。
強烈なボディブローのような一撃に苦笑いしか出なかった俺とは違い、サウルさんは白い目を向けながら答えた。
「……台無しだ。
折角いい話だと思ったのによ……」
「るっせぇな!
いいんだよ細かいことは!
ほれ、町に戻ろうぜ!」
そう言葉を返した彼女の表情は、どこか照れていたようにも見えた。
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