第128話 なんだこりゃ

 町に戻ったのは日が傾く前、体感では午後3時頃といったところだろうか。

 依頼品の提出と達成報告を済ませ、報酬を受け取った俺たちは30人ほどの冒険者が集まる掲示板へ向かった。


 入館した際も視界には映っていた。

 しかし、トラブルだと思えるような気配は感じなかったこともあって後回しにしたんだが、さすがに好奇心がそそられて確認に来た。


 何か面白い依頼でも貼り出されているんだろうか。

 それとも、かなり美味しいけれど高難度の内容を吟味していただけなのか。


 個人的には危険種の類を討伐すること自体に興味はないが、厄介な問題事で力を貸せることであれば参加する意思は俺にもある。


 ……パルムでの一件もあるからな。

 何が起こるか分からない以上、いざとなれば協力しようと考えていた。


 だが、どうやら想定していたこととはまったく異なる張り紙に注目が集まっていたようだ。


「……釣り大会?」

「フォルシアンの湖でか?

 ……"参加資格は事前登録者全員。

 当日の登録も受け付けますので、未経験のお子さんもどうぞ"。

 ……なんだこりゃ」


 冒険者ギルドの依頼書、というわけではなさそうだ。

 これは商業ギルドと食品ギルドが共同開催しているイベントみたいだな。


 呆気に取られながら貼り出された紙の内容を読んでた俺たち3人に、周囲にいた強面の中年男性たちが笑顔で教えてくれた。


「お前ら、ヴァレニウス名物を知らないのか?

 こいつは毎月開催されてる釣り大会でよ、上位20位まで賞金が出るんだ」

「優勝者には高額賞金と豪華商品が送られるってんで、この町じゃかなり人気なんだぞ」

「20位に入れなくても、魚の大きさや重さが優れていれば別途賞金が出される。

 中にはレアな魚を1匹釣っただけでも上位に食い込んだ参加者がいるんだよ」


 詳しく聞いてみると、色々とルールはあるようだが、基本的にその場で釣ったものの中から採点され、釣った魚は食品ギルドに提出することで参加者と湖まで足を運んだすべての人たちに無償で料理が振る舞われるらしい。

 簡易屋台が多数造られ、釣り未経験の女性でも参加できるお祭りのようだ。


 しかし、驚くべきは相当の額が動いていることか。

 優勝者には200万リネー、準優勝者は100万、3位50万、4位20万、5位から20位が10万と、想像していたよりも高額の賞金が出るだろうと、先輩たちは若干凄みのある、けれども心の底から楽しそうな笑顔で話した。


釣竿ロッドも借りられるし、餌も無料。

 早めに会場へ行けば釣り方やコツも教えてくれるってんで、大人から子供まで幅広く楽しめるんだ。

 そういや、先月の大会じゃ未経験者が優勝したっけな」

「あー、ありゃ凄かったな。

 優勝した女もどうしていいのか分からないまま表彰されてて、素直に喜んでいいのかも理解してなかったみたいだし」

「目が点のまま、賞金受け取ってたな。

 ありゃ、悪いが笑っちまったよ」


 随分と面白そうなイベントが開催されるんだな。

 なんて思っていると、気になる話も耳に入っていた。


「今月こそは湖の主を釣りあげようって、商業ギルドの連中は意気込んでたぞ」

「イッターシュトレームか。

 つーか、いねぇだろ、そんな怪物級の魚なんて。

 そもそも町に近い湖畔に来るとも思えねぇぞ」


 例の1200万リネーがもらえるツチノコだな。

 ……いや、湖にいるからネッシーのほうか。


 町興しとしてはネッシーを作った人の気持ちも分からなくはないが、この町は水産食品の質も相当良く、塩を振った単純な調理でも他じゃ食べられないほど美味いと聞く。

 話題作りから用意されたとも思えないし、そんなことをしても確かめに来ようと思う人も少ないんじゃないだろうか。


 となると、本当にいる可能性もあるな。

 古代魚が濃厚だと思うが、もしいるなら興味はある。

 ……なんて、父さんの前で口にしたら確実に笑われるだろうな。


 それでも興味は尽きない。

 歴史を感じるもの、とりわけ古代を連想する生物に関心がないとは言えない。


 そういえば、子供の頃は魚図鑑に載ってたシーラカンスをよく見てた気がする。


「どうする、ハルト。

 アタシもサウルも経験ねぇけど、興味湧いてきたぞ」

「俺もだよ。

 むしろ参加するだけでも楽しそうだ」

「そんじゃ、決まりだな。

 釣り竿の貸し出しは、湖に出れば分かるのか?」

「問題ねぇぞ。

 デカデカと看板が出てるはずだからな。

 ま、釣れなくても楽しめると思うぜ」

「つーか、初心者のほうが優勝できるんじゃねぇか?」

「ちげえねぇな!

 すでに実績も出てる!

 今月こそ俺ら"素人組"がいただくぜ!」


 "おうよ"と気合を入れ、声を高らかに笑い合う先輩冒険者たち。

 その姿や気配からは、隣の王国の冒険者とは随分と違う印象を受けた。

 だが残念ながら、この場に釣りの熟練者と思われる凄腕はいないようだ。


 こういったことからも言えるのかもしれない。

 本当にこの国は穏やかな空気で溢れているんだろうな。


 楽しげな彼らの姿から、それを強く感じた。



 *  *   



 ギルドを出た俺たちは美味い夕食をご馳走になろうと、ヴェロニカさんの店へ向かおうとしていた。


 今日はどんな魚料理が食べられるんだろうな。

 他愛無い話を続けながら心を躍らせていると、思いがけない人物から声をかけられた。

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