第65話 俺にできることを

 翌日。

 旅立つふたりを前に話をしていた。


「そんじゃ、俺らはハールスに向かうか」

「だな。

 この町は酒を売りにしてることもあって荒くれ者が比較的多いんだが、ハルトなら問題ねぇだろ。

 アタシらいなくて寂しいだろうけど、美味いもんでも食って待ってろよ!」

「あぁ、そうさせてもらうよ」


 早くても10日、遅ければ2週間程度かかるとふたりは話した。

 色々と片付けることも多いと言っていたが、それほど時間はかからない。

 冒険者ギルドで依頼を受けつつ、ふたりを待ってようと思う。


「お前の……サナ、だったか。

 会ってみたいが、無理そうだな」

佳菜かなだよ。

 さすがに難しいだろうな」


 そうするには"世界を越える"必要がある。

 そもそも、そんな方法があるのかさえ俺には分からない。

 その答えを知る者がいるとも思えないが、少なくとも簡単ではないはずだ。


 ……現状では唯一、その答えと繋がるものがある。

 だがこれは曖昧にもほどがある上に、実現できないかもしれない。


 "魔王"。

 この世界のどこかにいるだろう、最強最悪の存在。

 討伐できなければ、この世界に生きる人たちだけじゃなく、動植物まですべて闇に覆い尽くされてしまう。


 そんな危険とも厄介とも言えない最悪の相手を倒すことで、元の世界に帰れる。

 そう、多くの異世界転移物の作品では書かれていた。


 だがそれを鵜呑みにはできない。

 そんな保障すらない現状で俺にできることなどないだろう。


 しかし、勇者と言われた一条にすべてを託すのもどうかと思う。

 アイナさんとレイラにも重責を負わせてしまうかもしれない。

 だとすれば、このまま無関係ではいられない。


 俺は、俺の道を進もう。

 まだ決意ほど強い想いではないが、それでもこの旅はいい機会になるはずだ。

 覚悟を決めるにも十分すぎるほどの時間的な猶予を感じた。


 魔王が攻め込んで来なければ、ではあるが……。


「また難しそうなこと考えてるな、ハルトは」

「そうでもないよ。

 せっかくの旅だからな。

 依頼を達成するまでに、俺にできることを考えようと思う」

「そいつぁいい心がけだな。

 "目的なくして指針は示せねぇ"もんだ」

「それは、ことわざか?」

「まぁ、似たような言葉だな。

 大昔すぎて、誰が言ったのかも分からねぇが」


 サウルさんは笑いながら話した。


 その意味は聞かずとも理解できるが、あまり聞きなれない言葉に思えた。

 町並みに古いヨーロッパを強く連想させられる世界だが、やはりここは俺の知る場所ではないと理解させるものを時々強く感じた。


 どこか物悲しさにも思えるその気持ちを、なんて言葉にすれば適切に表現できるんだろうな。

 そう思えるほど、俺はこの世界を気に入り始めているのかもしれない。


「んじゃ、アタシらはこっちだな!

 ちょっと行って、ぱぱっと用事を済ませてくるぜ!」

「道中、気をつけろよ。

 盗賊団の精鋭が街道近くまで来てるかもしれないからな」

「そうだな、警戒をいつも以上に進むか」

「そのほうがいいだろうな。

 まぁ、ヴェルナさんがいれば問題ないが」


 彼女はハールス冒険者ギルドの折り紙付きの実力者だからな。

 俺もその姿を目にしてきたが、ヴェルナさんの持ち味は冷静な判断力だ。

 イノシシを楽しそうに追いかける彼女からは想像できない同業者も多そうだが、こと戦闘にかけての集中力は、並の冒険者とは比較にならないほど群を抜いてる。


 大きめの片手剣を巧みに捌く流れるような攻撃は美しさを感じるほどだ。

 まるで剣舞にも思える彼女の動きに付いて来れる盗賊がいるとは思えない。


 もちろんそれだけで安心できるほど、この世界は甘くない。

 だが技術も知識も備わった技量の彼女がいるだけで、馬車での旅がより安全になることは間違いない。


 サウルさんも彼女ほどじゃないが、相当の手練てだれだ。

 馬車での旅が多くなっている昨今では随分と衰えたようだが、それでも身に着けた技術が錆びついた様子は感じなかった。


 ふたりは自称ではなく、本物の熟練冒険者だ。

 そんなふたりに俺が口を出すことも失礼に値するが、心配事はなくならない。

 盗賊どもが仲間を捕縛された報復に街道で待ち構えている可能性も捨てきれないんだから、不安の種が尽きることもないんだろうが。


 それはこの世界に限った話じゃない。

 健康で長生きしていようと、突発的な事故に巻き込まれないとは言い切れない。

 十分に警戒しても"抗えないこと"が起きる可能性はゼロじゃないからな。


 杞憂に終わればいいと思えることを考えていると、ふたりは笑いながら話した。


「心配性だな、ハルトは!

 ……けど、その気持ちは痛いほど伝わったよ」

「のんびりメシでも食ってろよ!

 アタシたちは必ず戻ってくるからな!」

「あぁ、待ってるよ」


 軽く手を上げながら歩き出すふたりに、俺は"潔さ"を感じた。

 命と隣り合わせの世界に暮らしているのだから、そういった覚悟はとうの昔にできているんだろう。


 覚悟が足りないのは俺だ。

 それを教えてもらえた気がした。


「……俺も見習わないといけないな」


 ぽつりと呟く言葉に寂しさを感じながらも、俺は町の中央へ向かった。

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