第66話 良く頑張ったな

 がやがやと賑わいを見せる町の中央部。

 笑顔で歩く人々の姿から、この町が豊かであることが窺えた。

 色とりどりの花に囲まれるように造られたベンチに腰を掛けながら楽しく語らう町民たちを見ていると、王都に近いトルサとは随分と違う印象を強く抱いた。


 そう思えるのは、人々から発せられる気配が優しいと感じたからなんだろう。

 穏やかとも言い換えられるその波長は、ピリピリとした空気を感じた王都とはまったく違うようだ。

 それなりに離れていることも大きな理由だと思うが、この町での2週間程度の滞在なんて、あっという間に過ぎてしまうかもしれないな。



 酒造りの町"パルム"。

 およそ15000人が暮らすと言われる、ハールスよりも大きめの町だ。


 名産品はこの町独自の製法で造られた醸造酒が目立つ印象だが、実際には木の実を始めとした酒のつまみにもなるものや、近くに広がる大きな泉に生息する魔物や薬草などが主らしい。


 特に泉周辺の固有種"スプリングシープ"はとても美味で、体毛も衣服に使える上質なものだとサウルさんたちから聞いた。

 さらには"ゴールデン"の通称がつけられた希少種は、初めて口にした瞬間、美味いとすら表現できないほどの味だった衝撃はしばらく忘れられそうもない。


 滅多に出回らないと聞いたから、当分どころかサウルさんたちと合流してパルムを離れるまで食べられないかもしれないな。


 ……そう、思っていたんだが。


「うっしゃ!!

 行くぞ、お前ら!!」

「「「おう!!」」」


 冒険者ギルドの扉を開けた直後、耳に飛び込んできた気合の乗った掛け声と、そんな彼らをまるで英雄たちの出陣だと言わんばかりの歓声と指笛で送り出す一般客に俺は引きながらも、彼らの進行の妨げにならないように横へとずれて見送った。


 この光景が意味するところはひとつだ。

 今日も美味い肉にありつけるのかもしれないなと思いながら、随分とすっきりした依頼用掲示板へ視線を向けた。


 瞬間、眉を寄せてしまった。

 先ほどまで20人近くもの冒険者で隠れていたが、掲示板から邪魔にならない場所にひとりの女の子が自分のスカートを両手で握りしめるように俯いていた。


 右手には一枚の紙。

 唇をきゅっと結ぶその姿を見ても、冒険者は誰も力を貸さなかったんだな。

 受付嬢も心配そうに視線を向けるが、先ほど受諾した依頼書の処理を優先せざるを得ないようだ。

 焦りながらも仕事を続けるその姿から急いで少女に駆け付けようとしているのは十分理解できるんだが、それでも子供を優先してほしいと俺には思えてしまった。


「どうしたんだ?

 何か困ってるのか?」


 少女の傍に向かった俺は右膝を床につけ、目線を合わせながら言葉にした。


 声をかけてもらえるとは、もう思っていなかったんだろうな。

 目を丸くしながら俺を見つめる瞳は期待と混乱を感じさせる、どことなく寂しいと思える色をしていた。


 年齢は5、6歳といったところか。

 冒険者ギルドが似合うとは、とても思えないほどの幼い子だ。

 だが話を聞かなくても、おおよそは理解してる。


 恐らく冒険者たちは知った上で断り、"ゴールデン狩り"へ向かったんだろう。

 その気持ちも分からなくはないし、彼らのお陰で美味いものが食えるのも事実だが、それはとても悲しいと思える選択だと俺は強く感じた。


 だとしても、彼らを責められない。

 冒険者とは"良くも悪くも自由"だからな。

 それは仕事の選択にも言えることだ。


 自分だけじゃなく、町民のためにもなる仕事へ向かったのは間違いない。

 それに気づかないほど俺はガキじゃないし、彼らの行動を否定したりもしない。


 ……けれど、それはとても悲しいと、俺には思えてならなかった。

 声をかけられただけで今にも涙ぐんでしまいそうな悲痛にも思えるその表情からは、この子にとってとても重要なことをお願いしようとしているのだと確信した。


「……あの、ね……わ、わたし……」

「いいんだ。

 ゆっくり聞くよ。

 まずは落ち着こうか」


 できる限りの優しい声色と表情を少女に示す。

 佳菜が見たら、ぎこちないよと確実に言われるようなものではあったが、大勢の屈強な冒険者に囲まれるようにいたんだ。

 息苦しいとすら言えない圧迫感は、相当の疲労と重圧になっていたはず。


 よほど怖かったのだろう。

 大粒の涙をぼろぼろと零しながら、少女は嗚咽まじりに想いを伝えてくれた。


「……あり、がど……おにい、ぢゃん……」

「すごく怖かったのに良く頑張ったな。

 とっても偉いぞ」


 優しく頭をなでると俺の胸に飛び込み、服を強く掴みながらわんわんと声を出して泣き始めた。

 その様子を見ていただろう受付の女性はこちらに駆け寄り、手で指針を示しながら提案をしてくれた。


「よろしければ奥のお部屋をお使いください。

 多少狭いですが、陽光もしっかりと入りますので」

「ありがとう、そうさせてもらうよ。

 それじゃ、行こうか?」


 俺にしがみ付きながらも小さく頷いた少女を抱き上げ、俺たちは女性職員のあとに続いた。

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