第67話 冗談じゃない
小さな体を左右に揺らしながらお茶請けのクッキーを美味しそうに頬張る姿に、妹がいたらこんな気持ちになるんだろうかと考えていた。
「カティちゃん、そろそろ隣に座りましょ?
お兄さんのお膝、疲れちゃうよ?」
「……おひざ、いちゃだめ?」
「いいよ」
「ほんと!?」
「あぁ。
それと俺のクッキーも食べていいよ」
「わぁ!
ありがとう!」
ぱぁっと明るい笑顔で答えたカティは、満面の笑みでお菓子を味わった。
申し訳なさそうな表情で見上げられたら誰だってそう答えるだろうな。
とはいっても、この子は重さなんて感じないほど軽いから、何時間膝に座られても疲れることはなさそうだが。
「ハルトさん、大丈夫ですか?」
「このままでも話は聞けるから問題ないよ。
それよりも、この子の親は見つかりそうか?」
「いえ、情報量が少なすぎて……」
「名前だけだから、冒険者登録をしていなければ難しいか。
どっちから来たのか、憶えてないか?」
「……んー、わかんない。
いっぱいいっぱいあるいたから」
この部屋に来る前から分かってたよ。
それも俺がこの子の力になろうと思った切欠のひとつだからな。
スカートに埃がかなり付いていた。
何度も座り込んで休みながらギルドに来たことくらいは容易に想像がつく。
問題はそれほど遠くのギルド、それも親から聞かされただろう少ない知識のみでこんなにも小さな子がたったのひとりで目指した点だ。
そんなこと、余程の事情がなければできない。
それに相当お腹も空かせていたようだ。
「恐らく、朝早くから家を出たんだろうな。
しばらくすれば両親が冒険者ギルドへ捜索依頼に来ると思うから、それまで待ってもらえば会えるとは思うが」
「そうですね。
カティちゃんは当ギルドが責任をもってお預かりしますが、依頼のほうはどうされますか?」
スカートと一緒に握り締められていた手書きの依頼書へ視線を向ける。
強く握り込んでいたんだろうな。
可愛らしい猫の絵がクシャクシャになっていた。
「町に詳しくはないが、相手は猫だからな。
それっぽい場所を探せばいる気がするんだが、カティは何か知らないか?」
「あのね、"かとりーな"はね、おさかながだいすきなの!
それでね、いっつもわたしといっしょにねるの!
ふわふわで、あったかくて、とってもかわいいの!」
「そうか。
仲良しなんだな」
「うん!」
クッキーを指で摘まんだカティは動きを止めた。
そのまま膝の上に手を戻し、俯きながら言葉にした。
「……いつも、いっしょなの。
でもね、ときどきおそとにでちゃうの」
「空がオレンジ色になる頃には戻ってくるんだよね?
それじゃあ、カトリーナちゃんも帰ってくるんじゃないかな?」
「……わかんない……。
でも、"おうちにかえらなかったら"っておもったら、とってもかなしいの……」
鼻をすするカティの頭を優しくなでながら、俺はどうするべきかを考えていた。
捜索も素人の俺に探し出すのは難しいかもしれない。
たとえ夕方ごろに家へ帰ってくるとしても、この子にとっては不安で不安でたまらないことくらいは顔が見えなくとも十分に理解できる。
本当に戻って来ないことだって考えられる以上は、探しに行ったほうがいい。
だが、猫の行動範囲がどこまで広いものなのか正確に分からないだけじゃなく、カティの家もどこにあるのか情報がないことも問題を複雑にしていた。
広い町中を闇雲に探し続けたところで見つかるとは思えない。
ならば、依頼を断わるのか?
こんなに悲しんでいる子供を放って?
……冗談じゃない。
そんなことは絶対にできない。
できるわけがない。
"大切な家族"を探してほしいと、カティは話した。
俺にできることをしてあげたいと思えたが、猫探しは初めてだ。
何よりもこの町に着いたばかりでロクに町並みも頭に入っていない。
そんな状態で捜し歩いたところでと思う一方で、この子が悲しむ姿はもう見たくないからな。
猫の1匹や2匹、素人だろうと見つけ出してみせるさ。
「黒猫で首に白い星がある子なんだよな?
どんな星なのか、絵で描いてもらえるか?」
「うん、いいよ!」
「いま、お持ちしますね」
「ありがとう、リンネアさん」
「カティちゃんの大切な家族を見つけてあげたいと思う気持ちは、私もハルトさんと同じくらい強いですから」
そう言葉にした彼女は、満面の笑みを見せながら答えた。
……そうだよな。
きっと誰だって同じことを思うはずだ。
こんなにも小さな子が心から心配してるんだから、見つけてあげたいと。
誰だって、そう思うはずだ。
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