第68話 自由そのもの

 紙とペンをカティの前に置き、リンネアさんは皿の上にクッキーを追加した。

 とても楽しそうに足をぷらぷらと揺らしながらお絵かきをする姿は微笑ましいが、思いのほか首元の星が大きいことに気付く。


「これが、かとりーなだよ!」

「カティは絵が上手だな。

 ここにある星は、こんなに大きいのか?」

「うん!」


 ……となると、結構印象的な猫かもしれない。

 それも首から少し横にずれて斜めに伸びた白い星に見える模様なら、手掛かりとしてはかなり有益な情報になる。

 あとはこの子とカトリーナの行動範囲を推測するべきだろうか。


「この町の地図はあるか?」

「はい、こちらに」


 テーブルに広げたパルムの地図は、区画ひとつひとつが正確に表記されていた。

 これを見る限り、それなりに大きな町をひとりで探し続けるには少々骨が折れそうだな。


 まぁ、それも当然か。

 この町はハールスより多少は大きいとはいえ、15000人も暮らすんだ。

 そう簡単に探し出せないことは、この子の依頼書を見た瞬間に理解していた。


「ここが当ギルドになります」

「カティが歩ける距離を逆算すると、ここから約2キロ圏内くらいだろうか。

 かなり迷ってたみたいだし、猫の行動範囲は100から130メートルが一般的だと聞いたことがある。

 そこから推測すれば、ある程度は捜索範囲が狭まるとは思うが……」

「町の東側は食品以外のお店と事務所が多く建ち並ぶ商業区です。

 北側は主に酒造とそれらに関連した建物ばかりですから、恐らくは南側から西にかけてのエリア周辺になると推察できますが……」

「……それでも広いな」

「はい。

 それにこの推察はあくまでも可能性が高いだけで、まったく別の場所にいるかもしれません」


 猫は自由そのものだから、それも仕方がない。

 実際にはもう家に戻ってることだって考えられるが、カティも迷子である以上はカトリーナを探したほうがいい。

 自由奔放すぎる子じゃなければいいが……。


「まずは夕方まで探してみるか。

 リンネアさんにはカティのことをお願いしたいんだが」

「わかりました」


 頷きながら答える彼女に任せ、まずはカティの妹を探すか。

 ……いや、猫の寿命から考えると、カトリーナのほうが姉になるか。


「それじゃあ俺は、カトリーナを探しに行くよ」

「わたしもいっしょにさがす!」

「お父さんとお母さんが心配で迎えに来るかもしれない。

 その時にカティがいなかったら、きっと寂しい気持ちになるよ。

 カトリーナがいなくて、カティも寂しいだろ?」

「……うん……さみしい……」

「お父さんとお母さんが同じ気持ちになったら、カティはどう思う?」

「……やだ……」

「そうだよな。

 カトリーナは俺が探しに行くから、カティはここでお姉さんたちと待っててくれないか?」

「……わかった……。

 はるとおにいちゃんのいうこときく……」

「いい子だな、カティは。

 きっとカトリーナを見つけるからな」

「うん!」


 カティを抱き上げながら立ち上がり、優しく座らせた。

 聞き分けのとてもいい子の頭をなでると、カティはくすぐったそうに微笑んだ。


 リンネアさんに銀貨を1枚渡し、両親のことを再度頼みつつ言葉にした。


「お腹が空いたら何か食べさせてあげてほしい。

 クッキーだけじゃすぐに腹も減るだろうし、しっかりとした食事を食べさせるべきだからな」

「よろしいのですか?」

「あぁ、子供の一食くらいはすぐに稼げる。

 それよりも、この子が空腹でいることのほうが問題だ。

 ともかく昼を過ぎてるから、早めに探そうと思う。

 夕方ごろには一度戻って現状の確認をするよ」

「はい、わかりました」


 探すべき場所はたくさんある。

 ありすぎると言っていいほどに。


 まさか大きめの町で猫探しをすることになるとは思わなかったが、すべてはカティのためと考えれば不思議と見つけられるような気がした。


 根拠なんてこれっぽっちもないんだが、好転しそうな気がするんだよな。


「……はるとおにいちゃん……」

「ん?」


 扉のノブに手をかけるとカティに呼び止められ、俺は振り向きながら答えた。


「どうした?」

「はるとおにいちゃん、ありがとう」

「それはまだ早いと思うぞ。

 カトリーナを連れ帰った時にもう一度言ってほしいな」

「うん!

 いってらっしゃい、はるとおにいちゃん!」

「あぁ、いってきます」


 退室して扉を静かに閉めると、笑みが自然とこぼれた。

 本当に小さな妹ができたような気持ちになってるんだろうな。

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