第69話 明確な殺意
「まぁ、それなりに猫も多いからねぇ。
あたしはそんな模様の子、見たことないよ」
「……そうか、ありがとう」
「それじゃあね」
どこか申し訳なさそうに微笑みながら、中年女性はその場から離れた。
あれから情報収集をしながら随分と捜し歩いたが、好転するような話はまったく聞けなかった。
これまで聞き続けた話から判断すると、歩く猫に注目してる人はそれほど多くないことが印象的だった。
よほどの猫好きでもなければ、注視することも少ないのかもしれない。
となると、やはり自力で見つ出すしかないんだが、時間も差し迫ってる。
ギルドまで走れば戻る時間をある程度稼げるとしても、限界があるからな。
カティにそんな報告をしたくない以上は、もう迷ってる時間もない、か……。
小さな路地を見つけ、少しだけ奥に向かう。
見たところ人通りもかなり限定された場所のようだ。
2段詰まれた木箱を見つけ、そこに腰を掛ける。
足と腕を組んで瞳を閉じれば、すれ違った人には休憩してるように見えるはず。
息を整え、広範囲の索敵を始める。
人や馬を含む大型の生物を感覚から除外し、猫の大きさを超える動物、逆に小さな生き物も知覚しないように消していく。
これである程度は限定されたが、それでも38匹はいるみたいだな。
始めから猫のサイズで探り当てられるなら、こんな苦労はしなくて済むんだが。
それも探った距離が相当広いから把握できたのは輪郭だけで、色や正確な形の判別まではさすがに難しい。
あとは動き回るものから探して、カトリーナじゃなければひとつずつ感覚を閉じていけばいいだけ、なんだが……。
瞬間、ぴしりとこめかみに電気のような衝撃が走る。
瞳を開けなくても視界が大きく揺れているのは確定だな、この感覚は。
強い衝撃はやがて強烈な激痛に変化し、感覚器官を著しく低下させた。
痛みから眉にしわを寄せるが、できるだけ平静を装いながら回復を待つ。
この状態で敵と遭遇すれば、手加減なんてまったくできないだろうな。
力配分もコントロールできないから、摘み取る手段を取らざるを得ない。
魔物と遭遇しない町中だから安心だ、とは思えない。
どんなことにもイレギュラーはあると考えながら過ごすべきだし、何よりもこの世界は俺がいた場所と違い、危険思想を持つ輩も多いはずだ。
それにこの体勢だと寝ている男にも見えるからな。
スリなんかが出ると色々面倒なことになる、と思ってた矢先に不安が的中した。
薄ら笑いをしながら足音を小さくした男がふたり、こちらに向かってきた。
財布として使ってる布袋に手を伸ばした男へ、瞳を開けながら警告する。
「――
「「ヒッ――」」
明確な殺意を強烈に当てられた男どもは、声にならない音を漏らして一目散にその場から逃げ去った。
まるで地面が迫ってくるかのように視界がぐにゃりと歪み、すぐに瞳を閉じた。
刺すような痛みと殴られたような衝撃を同時に感じながらも回復に努める。
……当然だ。
こんな力、人の領分を超えている。
これを使いこなせるやつがいるのなら、そいつは間違いなくヒトじゃない。
克服するとかしないとか、そういった次元をとっくに超えた力だからな。
悪影響が出て当たり前だ。
割れるような痛みに耐えること約10分。
以前はそのくらいで多少落ち着いたと理解しているが、正確な時間が分かる道具を持っていないから推測しかできない。
「……これなら、なんとか歩けるか……」
重々しく立ち上がりながら気持ちを奮い立たせようと言葉にするも、そう簡単に回復できるはずもなく足取りは非常に重かった。
とはいえ、収穫もあったことは間違いない。
猫と
「……この状態で38匹探し続けるのも一苦労だな……」
愚痴っても仕方がないが、あまりふらつくと憲兵に職質されかねないからな。
できるだけまともに歩けるように、ゆっくりすぎない速度で進む必要がある。
足に強い痺れを感じる。
動くにはまだ早かったか。
だが時間も差し迫ってるから、ゆっくりでも行動するべきだ。
「……あんな顔、もう二度とさせたくないからな……」
多少ふらつく足を強引に力んで立たせ、カトリーナ探しを再開した。
恐らくはあと2時間ほどで日が傾き始め、夜のとばりが降り始めるだろう。
暗くなる前に一度戻る必要があるから、それまでに見つけなければならない。
20分もあれば、感覚も戻るはずだ。
それまでは周囲警戒も疎かになるし、五感もかなり鈍くなってる。
この状態で敵対者が襲ってきたら、目も当てられない惨劇になるからな。
これまで以上に厄介事がないことを祈るしかできないのは歯痒いが、それでもポジティブに考えれば猫の場所を調べられただけでも収穫だ。
……町中でこんな力を使いたくはなかったのが本音ではあるが……。
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