第64話 確定だろ

 "跳ねる子羊亭"

 なんとも直球な名称のこの宿屋は、多くの旅人や商人に好まれてるそうだ。

 大きめの町で素泊まり1泊4000キュロと、良心的な値段も好印象を持つ。

 何よりもここはパルムでも相当古くから変わらずに経営してるらしく、常連も多いのだとふたりは教えてくれた。


 俺たちは1泊したのちに一旦別れることになっているが、ここで少々の問題事に直面していた。


「……そこは二部屋じゃないのか?」

「なんだ、ハルトはひとりで寝るのか?」

「いや、そうじゃなくて、ヴェルナさんは女性なんだから別部屋のほうがいいと思ったんだが」


 そういったことを気にしない性格なのは分からなくはないが、そこは分けるべきでじゃないかと俺には思えてならなかった。

 この世界の世間体がどういった評価を下すのかも気になるところだが、さすがに同室はまずいんじゃないだろうか……。


 だが、そう思っていたのはどうやら俺だけだったようだ。


「良かったな、ヴェルナ。

 お前、ハルトに女として扱われてんぞ」

「いやー、分かるやつには分かるもんなんだよ!

 アタシも最近、イイ女だなって思うからな!」


 ……なぜそこで茶化すのかは聞くのが怖かったが、どうも彼女はそういった対象としては見られないことが日常のようだ。


「ま、冗談は抜きにしてよ、アタシはそんなこと気にしねぇよ。

 アタシらはそういったのを抜きにして旅を続けようぜ」


 声を出して笑う彼女に思うところも多いが、実際に女性パーティーがいる場合は分けることも多いらしい。

 これには世間体ではなく、仲間としての絆がないからだと彼らは話した。


「それに、野営でどんだけ一緒だったと思ってんだ?」

「……確かに、その通りだが……」

「ハルトがこいつに恋愛感情持ってるなら色々と面倒だが、そうじゃないなら気にしなくていいと思うぞ」

「では、ご利用は3人部屋でよろしいでしょうか?」

「いいぞ」


 俺たちはそれぞれの財布から支払った。

 パーティーなら共有の金を持つべきかもしれないな。

 落ち着いたら相談してみようか。



 部屋まで案内された俺は仲良く並んだベッドのひとつに腰をかけた。

 右奥からサウルさん、ヴェルナさん、そして俺の順に自然と決まった。

 あえて真ん中を選んだろうかとも思えたが、考えすぎなのかもしれないな。


 大の字でくつろぐヴェルナさんは、天井を見上げながら言葉にした。


「やっぱいいな、ベッドってのは。

 どうせなら背負って旅するか」

「冗談だよな?」

「おい、本気で言ってるように聞こえたのかよ?」

「お前ならやりかねないからな……」

「できなかねぇが、さすがに邪魔だろ」


 "邪魔だから無理"という発想そのものが、俺にはできなかったが。

 なんとも彼女らしさを感じさせる言葉だなとしみじみと思っていると、蒼天の盃亭で会った店員の話になった。


「いいのか、ハルト。

 あいつ、本気みたいだったぞ?」

「あー、よせよせ。

 エルナはいいやつだが、コイツにゃそもそも女がいるよ」

「マジか?

 いつ気付いたんだよ」

「旅の間にな。

 メシ食いながら遠い目をしてた時に確信した」

「……確かに思い出していたが、そんなに分りやすかったのか?」

「サウルは気付かなかったみたいだがな。

 アタシはそういうのに敏感なんだよ。

 自分の恋にゃまったく興味ねぇがな!」


 豪快に笑うヴェルナさんだが、あの時は一瞬思い出しただけだと記憶してる。


 ……女性特有の"勘"だろうか?

 こういったことに鋭いと聞くが……。


「ハルトに想い人がいても不思議じゃないがな。

 そんで、その子はどういう子なんだよ?」

「アタシの予想じゃ幼馴染だな!」

「……なんで分かるんだよ……」


 その鋭さに驚きを隠せない俺は彼女に訊ねる。

 これまでのことを思い起こしても、そう認識できる言動はしていなかったはずだが、どうやらそこまで深く読み取ったわけでもなさそうで安心した。


「"勘"だな!

 ってのは半分冗談でな、ただの消去法だよ。

 お前は年上や年下を感じる女には興味なさそうだからな。

 そういうやつは"歳月を共に過ごした同じ目線に立つ女"を好む傾向が強いんだ」

「……どこ情報だよ、それ……」

「おっさんにゃ分からんだろうが、これでも一応女だからな。

 そのくらいの頭が働く程度まで女を捨てた覚えはねぇよ」

「……付き合い長いが、その一面は初めて見るな……」


 なんとも微妙な表情になるサウルさんだった。

 女性はそういった気配を読むことに優れているとは聞いたことがあるが、それほど多く接してきたわけでもない俺に答えを出せるわけもないか。


「まぁ、だいたい当たってるよ。

 といっても、俺は同世代だから好きになったわけじゃないんだ。

 一緒に過ごすうちに、自然と惹かれ合ってた」

「なんだ、やっぱり両想いかよ」

「お前、よく気付いたな」

「好意を向けてきたエルナに余裕見せてたからな。

 アタシから見てもあいつは間違いなく"イイ女"だよ。

 可愛げもあるし、真面目で笑顔も絶やさない上に気立てのいい女だ。

 そんな女に心を揺るがさなかったんだ。

 好きなやつがいるのは確定だろ」


 ……すごいな。

 あの一瞬でかなりの情報を拾われたようだ。

 悪いことじゃないんだが、さすがに驚きを隠せなかった。

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