第63話 記念すべき日に
「そんで、ハルトはこれからどうするんだ?」
美味い肉を楽しみながら透き通る水に口をつけているとヴェルナさんは訊ねた。
ふたりと出逢う切欠となったハールス冒険者ギルドで受けた依頼は話したが、俺の目的までは伝えていなかったといまさらながらに気付いた。
「俺は西を目指すよ。
急いでるわけじゃないから、しばらくはこの町を堪能してからにしようと思ってるけど、トルサで受けた依頼もある。
もう前金で報酬をもらってるし、必ず達成するつもりだよ」
色々と分からない点も多い。
彼らは俺に伝えていないこと、いや、伝えられなかったことを抱えていた。
そういった数々の疑問を解消する意味でも、俺は西への旅を続ける必要がある。
「それを知るためにも"西の果て"を目指すよ」
「西の果て、ねぇ」
「何か知ってるのか?」
呟くような言葉を出しながら木製のジョッキを持ち上げて酒を飲むヴェルナさんは、思い出すようにサウルさんへ確認した。
「確かそいつは"世界の果て"って呼ばれてる場所だよな?」
「かもしれねぇな」
「"世界の果て"?」
想像していなかった名称に、大海原の先が大穴で途切れてるイメージが湧いた。
なぜそんな映像が頭に思い浮かんだのかは答えが出なかったが、少なくともふたりは俺の知らないことを知っていそうだ。
「俺ぁ詳しく知ってるわけでもないんだが、噂じゃなんもない場所らしいぞ」
「アタシは人が踏み入っちゃいけねぇ場所って聞いた気がするな。
そういや、"別の世界"に通じてるって話も小耳に挟んだことがある。
この世とも思えねぇ綺麗な花畑でも咲き乱れてんのかね?」
「あぁ、そいつは俺も聞いたな。
いわゆる"死者の国"ってやつだろ?」
……情報が錯綜しているが、あまり好感の持てる場所じゃなさそうだ。
彼らは俺にいったい何をさせようとしているんだ……。
「まぁ、行ってみねぇと分かんねぇだろうな」
「だな」
ぐびぐびと音を立てながら豪快に酒を飲むふたり。
それを聞きながら俺は美味い肉へフォークを伸ばすが、先ほどよりも落ち着いた味に思えた。
もしかしたら、内心では不安に思っていたのかもしれないな。
「……なぁ、ハルト」
「ん?」
いつになく真剣なヴェルナさんの声色に、意識をそちらへ向けた。
ジョッキをテーブルに置いて俺を見つめる彼女の瞳は、とても澄んでいた。
「アタシも付いて行っていいか?」
思わぬ言葉に様々な思考が浮かんでは消える。
だが彼女には彼女の仕事があるはずだ。
それをどうするのかを聞くべきだと思えた。
「サウルさんのほうはどうするんだ?
馬車の護衛依頼も受けてるって言ったろ?」
「あー、それなんだけどよ」
答えたのはサウルさんだった。
口を潤わすように酒を含んだ彼は、ひとつの提案をした。
「俺もお前に付いて行きたくなった。
ハルトの受けた依頼にも興味があるしな。
馬車をハールスに戻さなきゃなんねぇから往復する必要がある。
その間、ハルトを待たせることになるんだが、それでもいいか?」
「それは構わないし、ふたりが一緒なら心強いけど、本当にいいのか?
噂に聞く場所が本当なら、"死者の国"に向かう可能性が出てるんだぞ?」
正直、それほど危険な場所に向かわせるからこその高額報酬だとも思えた。
だが命に関わるような場所へ彼らが向かわせるとは、さすがに思えない。
俺の考えすぎだとは思うが、それこそ意味のある場所なのは間違いなさそうだ。
「なら、決まりだな?」
「あぁ!
さっそく明日の朝、アタシたちは一度ハールスへ戻るよ。
手続きしなきゃなんねぇことや旅の準備、報酬も受け取る必要があるし、結構かかると思うが」
「2週間かそこらは必要だろうな」
「何となくは理解できるよ。
拠点を放置したまま長期の旅は難しいもんな」
「まぁな。
それ以外にも俺はハールス冒険者ギルドと深い繋がりがあるから、町を離れるには後任者を見つける必要があるんだ。
こっちがそれなりに面倒でな。
もしかしたら時間を食われちまうかもしれねぇ」
「アタシがいいやつ知ってるから、ついでに紹介するよ。
どうなるかはそいつ次第だから分かんねぇけどな」
「マジか?
なら、わりとすんなりいくかもしれねぇな!」
唯一の杞憂だったんだろうな。
豪快に笑いながらジョッキの酒を飲み干し、先ほどの女性店員に自分とヴェルナさんのおかわりを、俺の水を合わせて注文した。
「ここに残しちまうことになるが、悪いな」
「依頼自体の期限はないから構わないよ。
それに、俺がハールスに戻っちゃ意味がないからな」
「「そりゃそうだ!」」
俺たちは声を出しながら笑った。
多少口調は荒いし賑やかな人たちだが、とても気さくで仲間想いなのがこの短い旅でしっかりと理解できるほど深く知れた。
彼らは先輩冒険者で、技術も旅をするには十分と言えるほど高い。
この世界についての知識も常識も知ってるし、何よりも俺が異世界人だと知っても顔色ひとつ変えることがなかった上に、心から俺のことを心配してくれている。
一緒に付いてきたいと言葉にした本当の理由はそれだ。
もちろん、"世界の果て"に興味があることも分かるんだが、彼らは俺が独りで旅を続けることに不安を感じていた。
何ひとつ断る理由がない彼らの提案は、俺にとって幸運でしかない。
「じゃあ、改めてよろしく。
せっかく向かう西の国なんだ。
美味いものを食べ歩きながら進もう」
「「おう!」」
新しく配膳された透き通るような水の入ったジョッキを持ち上げると、ふたりも同じように掲げる。
誰からともなく合わせた3人のジョッキが豪快な音を周囲に響かせた。
今日は記念すべき日になりそうだな。
何か特別なものでも注文しようか思っていると、先ほどの女性がやってきて言葉にした。
「こちらはお店からのサービスです!
みなさんへのサービスであって、間違っても特定の方へ向けてお出ししているわけではございませんので!」
「……いや、それはもう、十分すぎるほどの答えになってんぞ、嬢ちゃん……」
「~~~」
言葉にもならない声を出し、顔を真っ赤にしながら厨房へと走り去る後姿を目で追った俺たちは、同じように笑いながらジョッキに口をつけた。
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