第82話 危機感を覚えた

 日も傾いた夕刻。

 美しいオレンジ色に空が染まり、徐々に家々から光が溢れる頃合いに俺たちはギルドへ戻って来た。


 朝の静けさとは打って変わって活気に溢れた姿が見られるのは、金羊狩りの第一陣が帰還したからなんだろうな。


 受付に並ぶ先輩たちの後ろで順番を待つ。

 耳に届く話の内容から察すると、成果は上々のようだ。


「これって、あれだろ?

 金羊狩りに向かった先輩たちだよな?」


 高揚感が伝わる声色でカウノは言葉にした。

 それに答えたのは前に並ぶ冒険者だった。


「俺らは第一陣だから、まだまだ来るぞ。

 店に並ぶのは明日になるから、多少高くても食えよ?

 そしたら、"また明日も頑張るぞ"って気持ちになるからな!」


 清々しい笑顔で強面の先輩冒険者は楽しそうに話した。

 詳しく聞いてみると、随分と多くの群れに遭遇できたようだ。

 すべてを狩り尽くすようなことはさすがにしないが、それでも一度にここまで多く見かけることは非常に稀なのだとか。


 多少高くてもと強面の先輩は言葉にしたが、実際それほど高額ではなかった。

 非常に美味い金羊肉が、安価とも思える値段で食べられる理由はひとつだ。

 恐らくは食品ギルドと商業ギルド、それと冒険者ギルドが価格を固定して、狩り尽くされないような報酬に設定しているんだろう。


 現時点でも群れを見かけただけで飛びつかれているんだから、本当にそうなりかねない非常に人気が高い魔物なんだな。


「金羊かぁ。

 俺たち、まだ食べたことないんだよな」

「そうなのか?」


 ということは、相当離れた村みたいだな。

 確かにアートスたちの故郷はずっと北西へ行った場所にあると言っていたし、そこまで離れるとスプリングシープは出ないのか。


「何もないって話だけど、俺からすると長閑な村のほうが落ち着けると思うよ」

町の人・・・はみんなそう言うんだよ。

 実際に行ってみたら絶句すると思うぜ」

「本当に何もないからな……」


 そこが魅力的なんじゃないのかと思えたが、村に生まれ育った人からすれば、そう思えるのかもしれないな。


 ……あぁ、そうか。

 俺の発言は旅行感覚から出たものなのか。


 この世界は、それほど便利なもので溢れていない。

 移動は馬車か徒歩だし、街道に魔物、林や森では盗賊。

 時には並の冒険者が対処できない危険な魔物も闊歩する。

 そんな場所での町は、それぞれが強固な外壁で護られている。


 これは日本人だけじゃなく海外の人たちも感じることだと思うが、壁に囲まれた町はそれだけで異常な光景だと言えるのかもしれない。

 それこそ創作物の中か、中世でなければこういった光景は見られない。


 憧れたヨーロッパ旅行が想像していたものとは別の形で叶ったような気持ちになるが、ある意味では異世界を歩いてるだけでも幸せなことに思えてならなかった。


 ……魔王が存在する世界を幸せに感じながら歩くなんて、不謹慎ではあるが。



 受付まで到着すると、リンネアさんとは別の女性が笑顔で対応してくれた。

 見たところ彼女は非番なのか、その姿は見えなかった。


「ご用件を伺います」

「リカラの実の採取依頼を達成したから確認してほしい。

 それと西門から出て5分ほど南へ向かう外壁近くにディアが3頭転がってるから、素材回収をお願いしたい。

 報酬金は素材を含め、明日取りに来るよ」

「かしこまりました。

 それでは明日までに精査させていただきます。

 報酬はご本人様が不在の場合、確認のためにお時間をいただくこともございますのでご注意ください」


 笑顔で対応した女性は籠を受け取り、奥へと向かった。


「さて、どうする?

 ハルトはパルムに詳しいのか?」

「そうでもないが、行きつけにしたい店は一軒知ってるよ」

「お、いいな!

 そこで夕飯食おうぜ!」


 とんとん拍子に決まり、俺たちは"蒼天の盃亭"へと向かう。

 道すがら雑談をしながら、俺は今日あったことを思い返していた。


 ……正直、彼らの腕は相当低いと言わざるを得ない。

 そう断言できてしまうほど、ディアとの戦いはひどかった。


 ディアを取り囲み、力任せに剣を振る。

 何度も、何度も斬撃とすら言えないような攻撃を繰り返し、やっとのことで倒せたような拙さだ。


 当然、素材はぼろぼろで、とてもじゃないが高値では買取してもらえない。

 冷静さは微塵も感じなかった内容だが、必死な戦いをしながらも怪我なく討伐できたことは重畳だと言えるかもしれない。


 ……つまるところ、彼らはまともな武術も習っていなければ、見よう見まねで剣を振っていたにすぎない。

 ここに、どうしようもなく危機感を覚えた。


 勇者としての身体能力に任せた一条の戦い方も危険だが、アートスたちはそれ以上のものを抱えているのは間違いない。

 これじゃ、俺が付いていなければ近いうちに命を落としかねないだろう。


 だが、今日会ったばかりの、それも同い年に指摘されることは彼らの自尊心を深く傷つけかねないし、聞き入れてくれるかも分からない。


 武術とは一朝一夕で手に入れられるものではなく、日々の鍛錬を含む努力と研鑽を積み重ねてようやく手にできるものだ。

 憧れてた冒険者になったばかりの彼らへそれを伝えたところで、訓練の日々を過ごすことに不満が噴き出す可能性も高いんじゃないだろうか。


 1日行動を共にしてみてアートスたちに好印象を持ったのは間違いないし、このまま彼らを放っておくことなんて俺にはできそうもない。


 しかし、俺も人を待っている身だ。

 たかだか10日前後を学んだところで何が変わるものでもない。

 そんな状況で西の国を目指すのは無責任にもほどがある。

 それでも軽々しく指導するなんて言えるわけがない。


 ……どうすることが、彼らにとっていちばんの正解なんだろうな。

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