第81話 油断なく確実に
"リカラの実"の採取は、思いのほか捗った。
目的地が町から目と鼻の先ということもあって、よほど街門から離れなければソロでも十分達成できるほどの難易度なんだろうな。
街道近くを歩くディアは見かけなかったが、これもひとえに憲兵隊が間引いてくれているお陰だ。
確実に馬車と遭遇する付近にいられると厄介だからな。
実を摘みながら、ふと思ったことをぽつりと呟いた。
「……不思議な草原だよな、ここ」
「ん?
どういうことだ、ハルト」
「ディア以外、ボアもラビットもいない。
ここから見てると、まるで"ディアの牧場"みたいだ」
「面白いこと言うんだな、ハルトは!」
見張りを続けながら、カウノは愉快に笑った。
その様子から、この世界にはそういった施設はなさそうだと理解する。
魔物を育成するなんて異世界ならではだと思うのは、きっと俺だけなんだろう。
「確かにそう思えるけどさ、それはそれでちょっと怖いよな。
鹿ならまだしも魔物を育てるとか、逃げ出したら大変だ」
「草原を囲えばいけるんじゃないか?
ほら、牛や馬を囲う柵を金属製にするとか」
「それはそれでコスト的に無理だろ。
鋼鉄製で造ったとしても、管理するのも難しいぞ。
だいたい冒険者だって吹き飛ばすほどの一撃なんだろ?
半端な強度じゃ、強固な鋼鉄でも壊されそうだよな」
「ディアの角はナイフのような切れ味があるからな。
当たっただけで即死する可能性も十分に考えられる」
「……怖いこと言うなよ、ハルト。
でもまぁ、あれだけ尖ってれば、本当にぶっ刺さるよな……」
知識上での情報になるが、魔物の中でもディアは下から数えられるほどの強さだと学んだ。
後ろ足に直撃すれば吹き飛ぶ程度では済まないほどの威力があるし、鋭利な刃物を様々な方向に付けたかのような角はボア以上に危険だが、実際に戦わせた場合はボアが圧倒するんじゃないだろうか。
さすがに無傷での勝利とはいかないだろうが、少なくともディアの角に刺さりながら突進をしてくるようなボアの相手は難しそうに思えてならない。
イノシシの突進でも、周りが見えなくなってるんじゃないかと感じるほどためらいがないし、本当に角を無視して倒しきるような気がした。
"肉を切らせて骨を断つ"、なんて言葉もあるくらいだ。
どちらもそれほど知能は高くないだろうが、本能的なものは人よりも優れているはずだからな。
「まぁ、魔物を飼うなんて発想自体、俺らの村じゃなかったことだよな」
ヨーナスの言葉に、ふたりは頷きながらうんうんと答えた。
そもそも魔物とは一端的な価値観から言えば"倒すべきもの"、という認識で統一されていると聞いた。
それを教えてくれたアーロンさんも、世界の常識のすべてを知るわけじゃない。
国には国の、独自の解釈ともとれる遵守し続ける法がある。
魔物をいわゆる"絶対悪"と思わない組織や国があってもおかしくはないし、逆に倒してはいけない存在だと信じる者もいるかもしれない。
考え方は人それぞれなんだから、様々な価値観があって当然だとも思えた。
そんな時だった。
こちらに気付いた気配を感じたのは。
駆け寄る1匹のディア。
しかし、カウノは気が付いていない。
やはり俺が教えるしかないか。
「南西からディアが来てるぞ」
「なに!?」
「おいカウノ!」
「悪りぃ!」
「武器を構えて体勢を整えたほうがいい。
向こうはやる気みたいだぞ」
3人よりも先に鞘から剣を抜き放ちながら注意を促した。
彼らも武器を構えて徐々に迫るディアを見据えるが、非常にぎこちない。
突発的な魔物の襲来への対処をしっかりとすることは、若手冒険者には難しい。
むしろできたほうが不自然だと言えるだろうな。
それでも、言いたいことが脳内で積み重なっていく。
警戒しきれなかったのは仕方がないし、次から気をつければいいことだ。
武器の扱いが不器用なほど拙くとも、少しずつ学んでいけばいい。
だが、そんな状態で弱腰の姿勢は良くない。
平常心をなるべく保てていれば幾分かマシなんだが、残念ながらそれも持てずに体が相当固くなってるようだ。
せめてある程度の心の強さがあれば話は違ってくるが、一条のようにそれだけが強くても問題だ。
体の強さと技術力の高さが備わっていたとしても、まだ足りない。
十全に力を発揮するには強靭な精神力、つまり"心"の強さが必要になる。
本来であれば長年をかけてじっくりと学ぶものではあるが、すでに実戦をしなければならない今現在の彼らが見せている状態は、あまり良くないと思えた。
「相手はディア1匹だ。
慢心は禁物だが、油断なく確実に勝とう」
「……確かにそうだな!
いつも通りにやれば勝てる!
行くぞ!!」
「「おう!!」」
少し危なっかしいが、気合も入ったみたいだな。
これなら問題なさそうだが、いつでもサポートできるように準備だけはしておいたほうが良いかもしれないな。
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