第80話 より安全に

 声をかけてきたのは、掲示板の前で依頼書を吟味していた冒険者のひとりだ。

 彼らの中でも活発そうな男だが、やはり同世代に見える年齢の3人だった。


 提案してきた理由も想像通りなんだろうな。

 胸部と腕部、脚部に革鎧を身に着けた、いかにも初心者と思われる若者たちだが、これに関しては豪快にブーメランが返ってきてしまうから、そう思っていても言葉にすることはできなかった。


「俺はアートス。

 こっちにいる細目の男はヨーナス、もうひとりがカウノで冒険者ランクは全員登録したてのFなんだ」

「うす!」

「よろしく!」

「俺たちは北西にずっと行った場所にあるサーレラ村の出身で、一旗揚げたくてパルムに来たんだが、まさか盗賊団が近くにいるとは思ってなくて困ってたんだよ」


 アートスはリーダーになりたくてなったというよりは、他のふたりが向いてないからなるしかなかったって感じだろうか。

 ともかく、俺も挨拶から入るのが礼儀だな。


「春人だ。

 ランクは同じくF。

 採取だけじゃなくディアとも戦う可能性があるが、大丈夫か?」


 その質問に返される答えは、ある程度予想できた。

 まぁ、この町で新人冒険者が活躍するには、厄介事が発生中だからな。

 それも仕方ないだろうと俺には思えた。


「そこなんだ、問題は。

 北側に向かえば盗賊に襲われかねないから良質の薬草も採れない。

 かといってラヤラ草原の薬草は金にならないし、ディアがごろごろいる。

 1匹なら怪我もなく倒せるが、2匹になると少々危ないんだ。

 さすがに3匹と同時に戦えるだけの実力はないから、もうひとりいてくれると安定感が出るんじゃないかと3人で話してたんだよ」

「なるほど、それで俺を誘ったわけか」

「あぁ。

 見たところひとりみたいだし、草原に出るなら一時的でもチームを組んだ方が単独行動するよりもずっと安全だと思うんだ。

 幸い、見張りと採取に分ければ効率的だし、背後から襲われる心配も少ない。

 悪い話じゃないと思えるんだが、どうだろうか?」


 誠実さを感じさせるアートスの言葉に、好印象を持った。

 もしかしたら彼はいいリーダーになれるんじゃないだろうか。

 彼の言動は俺にとっても勉強になるものが多いかもしれないな。


 それに悪い話じゃないし、断る理由もない。

 だが少し気になることができたから、町の外で確認する必要があるな。


「かまわないぞ。

 いま依頼用の籠を頼んでるから、少し待ってもらえるか?」

「あぁ、もちろんだ!」


 とても嬉しそうな表情をするんだな、この3人は。

 俺が提案を断る心配でもしていたんだろうか。


「お待たせしまし……あら?

 もしかして、ハルトさんとご一緒されるんですか?」

「そうさせてもらうことになった。

 参加推奨人数は3人から4人だったか」

「はい。

 ディア単独ではそれほど驚異ではありませんが、左右に挟まれるような戦いとなったり、ましてや囲い込まれると戦いにくいですから、ギルド側もなるべく数名での参加を推奨しています」

「これで4人だし、より安全になったな!」


 そう言葉にしたカウノだが、その考え方は危険だと突っ込むべきだろうかと悩んでしまった。

 しかし一時的とはいえ、チームを結成した直後に忠告なんて相手には好意的に映らないし、最悪の場合は嫌悪感を向けられることも考えられる。


 まして3人は、完全な初心者。

 武術のイロハも知らないような気がしてならない。

 それは村の出身だからなどではなく、足の運びや立ち振る舞いから拙さが前面に現れてしまっているからだ。


 それもまずは彼らの実力を見てから判断することになるが、恐らくはこのまま放置すれば俺無しでの依頼を達成し続けるのも難しそうな気がしてならなかった。

 それほど掲示板に貼り出された依頼は特殊なものが多く、初心者には少々難易度が高いものもたくさん貼り出されていた。


 もちろん受付の担当者が彼らの実力を想定した上で判断することではあるんだろうけど、少なくともなりたて冒険者の自力を高めるには厳しいと思えた。



 ……やはり盗賊団の存在が、様々な点で町の住民の生活を脅かしている。

 悪党どものせいで沼地はもちろん、北へ向かうことも危険だと思えるからな。

 若手冒険者の3人には荷が重いだろうし、下手に手を出せば命に関わる。


 さらには精鋭以上の冒険者たちが"金羊きんひつじ狩り"に向かっている間、初心者では参加すら危険な依頼書が掲示板に溜まる一方となる。

 すべての精鋭以上の冒険者が向かったわけじゃないし、これからやってくる先輩方も多いのかもしれないが、現状では王都に近いトルサのほうがよっぽど安全に鍛えられると俺には思えた。


 パルムの不利点を垣間見た気がするが、俺が彼らの技術に口を出していいものなのかは別の話に思えるし、それこそ余計なお世話と言われることも考えられる。


「……ハルトさん?」

「あぁ、なんでもないよ。

 準備が済んでるなら、リカラの実の採取に行こうか?」

「「「おー!」」」


 右手を上げて気合を入れる3人に、俺は頬を緩ませた。

 まるで引率する先生に思えてならないが、彼らからすれば同程度の技量を持った若手冒険者として見えてるんだろうな。

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