第83話 何したんだよ
"蒼天の盃亭"へ向かいながら、俺たちは話をしていた。
年齢がとても近いからか友達といるような気持ちになったのは、この世界に来て初めてのことに思えた。
「へぇ、そんなに美味いのか、金羊ってのは」
「あぁ。
人生観が変わるかもしれないぞ」
「すげぇ肉だな、それ。
あんまり高いと払えないんだが……」
「問題ないだろ。
それほど高級肉ってわけでもなかった。
どっちにしても入荷は明日だろうし、今日は普通の夕食になりそうだけど、そちらも期待できるほどの味だって聞いたよ」
料理人の腕がいいのはもちろんだが、あれほど澄んだ水で作ったこともあってか相当美味い料理になるのかもしれないな。
俺としては下手に店を変えて冒険するより、安定した食事を取りたいところだ。
「値段もお手ごろだから問題ないだろ。
あの先輩冒険者も言ってたが、美味い食事は明日への活力に繋がるのは間違いないと俺も思うから、金羊は多少高くても食べる価値は十分にあるよ」
「いったいどんな肉なのか興味あるけど、言っても羊肉だろ?
そこまで美味いとも思えないんだけどなぁ」
アートスが言うことも分からなくはない。
確かに通常のシープも美味いが、金羊と比べると色あせてしまう。
あれは、まったくの別種と言えるほどの味だった。
その話をすると、3人は瞳の色を輝かせながら言葉にした。
「そんなに美味いのか」
「マジで食いたくなってきた!」
「だな!
明日が楽しみだ!」
どうせなら美味い肉を食べたいもんな。
その気持ちもよく分かるつもりだよ。
そう思ってた矢先のことだった。
背後から悪質な気配を感じ取り、俺は足を止めて振り返った。
中央広場付近の住民が何かに注目しながら動向を窺っているようにも見えた。
「ハルト?
どうしたんだ?」
「何か、こっちに来るぞ」
「ん?
何かってなんだよ」
その理由と状況を瞬時に把握した。
どうやら俺の知る輩が町中を全力疾走してるようだな。
つまるところ、憲兵隊の失態に繋がる事件だ。
それを咎めたりはしないが、こういったことはできるだけないように願いたいと思ってしまう問題事がこちらに急接近していた。
恐らくこれは偶然だ。
中央を通るのも、人混みに紛れて逃げようとしたんだろうが……。
「憲兵隊も前方を逃げてるやつを追いかけてるな。
このままだと鉢合わせになるから、少し離れたほうが――」
残念ながら、少し対応が遅かったようだ。
こちらを目視した男は、鬼気迫る逃げ腰の姿勢から一方的な悪意に変えて怒鳴り散らした。
「クソガキがぁぁッ!!
楽に死ねると思うなッ!!」
鬼のような形相で恫喝する輩の発言に、顔を青ざめながら慌てふためくアートスたちを落ち着かせるように注意するも、どうやらそんな精神状態ではなかったみたいだな。
「悪党の言い分なんて聞くな。
それよりも冷静さを保ってパニックになるなよ?」
「お、おいハルト!
アイツに何したんだよ!?」
後ろを走る男もこちらに気付いたようだ。
いわれのない殺意を向けられてるが、連中からすれば恨みたくもなるのか。
アートスたちに危害が及ばないように多少前に進み、迎撃態勢を整える。
3人は足が硬直してその場からまったく動けなくなってるみたいだから、ある意味では護りやすい。
これなら眼前の敵に集中できるな。
どこで手に入れたのか分からない剣を抜き放つ輩は、負の感情すべてを込めたかのような剣撃を振り下ろした。
避けつつ左手で相手の右腕が向かう力の流れをさらに下へ送り、右足で男の足を強く払い、豪快に体を回転させながら地面へ背中から叩きつける。
同時に
これでしばらくは動けない。
もうひとりがそれを見て急停止する。
本当にロクなことを考えないな、盗賊ってのは。
心底嫌悪しながら一気に距離を詰めた。
右側にいた若い女性を掴もうと手を伸ばした直後、その腕を掴み取る。
そのまま右手で男の腕を強引に引き寄せながらねじり、地面に叩きつけて体ごと押さえ込んだ。
顔面から叩き伏せたせいで鼻血が出てるみたいだが、まぁ自業自得だよな。
しばらく押さえ込んでいると、憲兵隊が合流した。
すぐさま指示を出した中年の男は、それなりに上の者らしい。
彼がいれば事後処理だけじゃなく話も早くて助かりそうだ。
「転がる男を取り押さえろ!
済まない少年、協力に感謝する」
「かまわない。
こいつも任せていいか?」
「大丈夫だ。
エイノ、オッリ、男を捕縛」
「「はい!」」
「住民のみなさんへ、多大な不安を与えたことに深く謝罪を!
逃亡者はすべて捕縛したが、今後このようのことのないよう努める!」
ざわざわと話し合う群衆に、この場を仕切る中年の男は頭を下げながら答えた。
言いたいこと、聞きたいことも多いだろうが、そうさせない異質な男どもへ視線が集まる中、彼は俺へ言葉にした。
「少し聞きたいこともあるから、同行してもらえるだろうか?」
「かまわないよ。
3人は別行動でもいいか?」
「いや、一応話を聞きたいから同行してもらいたい。
取り調べをするようなことはないから安心してほしい」
「……わ、わかった……」
完全に飲まれて状況判断が正確にできてない声色だな。
まぁ、こんな事件を初めて体験したんじゃ、それも当然か。
こういった緊急時に体が硬直したまま動けないとかなり危険なんだが、それを武術経験がない彼らに言うのも酷だろうな。
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