第二章 よろしく頼むよ
第14話 勇者でもない俺が
解体所から街門まで俺は足を向けた。
アーロンさんには身分証の発行申請をした後に報告するよう言われている。
それと、その時までに装備品の準備をしておくとも聞いた。
王都を追放された男にはあまりにも好意的に思えるその対応に、俺はどう答えていいのかも分からず、ただただお礼を言葉にすることしかできない。
彼だけでなく、冒険者ギルドマスターのアウリスさんにも言えることだが、彼らはどこか俺に期待をしているような気配を感じていた。
それが何か、正確なところまでは分からない。
しかし、何を伝えようとしているのかくらいは、俺にだって理解できた。
彼らは俺に"魔王討伐"を望んでいる。
同時に、無能力者であることも理解した上で。
王国騎士団に所属するヴァルトさんも同じ気持ちなのだろう。
3人が何を思って無能力者の俺に、そんな大それたことを期待するのか。
恐らくは違う。
そうせざるをえない理由があるんだと思えた。
勇者には任せられないのか?
異世界から召喚されるのが一条のようなタイプばかりなら、魔王討伐に失敗してもおかしくはない。
あいつにも言えることだが、せっかくの才能を十全に発揮できなければ倒せないほど強いのかもしれない。
だとすれば、無能力者の俺に期待されるはずがない。
ギルドの1階で揉めたことで、ある程度俺が鍛えているのはアウリスさんに伝わったが、他のふたりはそれを知らない。
それだけの潜在能力を秘めているのなら、召喚者が無能を理由に追放されるとは思えないのだから、他に理由があるはず。
強制的に召喚させ、使い物にならないから処分されたことに想うところがあった彼らが、力を貸してくれただけの可能性も高い。
つまり、単純な謝意からきている善意の行動であれば辻褄は合うように思えるが、実際のところ言葉で説明してもらえなければ分からないことが多すぎた。
「……結局は、彼らが話してくれるのを待つのが、好意的な扱いをしてくれる彼らに対して俺ができることなのかもしれないな……」
ぽつりと小さく言葉をもらした。
歯がゆく思えなくもない。
だが彼らの想いを知らず、強引に聞き出すのは子供のすることだ。
これだけ良くしてくれている彼らの立場を悪くしかねないし、何よりも困らせるだけだとも思えてならなかった。
俺にできることは極端に少ない。
"ほぼない"のかもしれない。
……それでも。
「……魔王、か……」
オレンジ色の空に流れる雲を見ながら、俺は呟く。
姿も強さも知らない、まったく未知の敵。
ゲーム上ではどんな魔物よりも強く、世界中の強者を消し去るような圧倒的な存在で、討伐するには選ばれた勇者のみだと多くの創作物の中では表現されていた。
"もしも"を仮定すると、小さく笑いが込み上げた。
討伐?
魔王を?
勇者でもない俺が?
それこそ妄想だ。
一条でもあるまいし、そんなヒロイックファンタジーに憧れもない。
……そういえば、日本への帰還方法については聞いてなかったな。
徐々に見えてきた憲兵詰め所に向かいながら、今後のことについて考えていた。
* *
「どうだ?
見たところ、ちょうど良さそうだが?」
「あぁ、ぴったりだ。
重さは少し気になるが」
「革鎧って言っても、それなりに加工しているからな。
さすがに鉄板は入ってないが、強度を増さないと意味がない」
確かにアーロンさんの言う通りだ。
なめした革のみで作った鎧に大きな効果はないはず。
厚手の服よりはマシだが、結局は金属鎧ほどの性能がないのも当然だろう。
「まぁ、着ていればそのうち慣れるだろ」
「そうだろうな。
ハルトには魔法銀製の胸部鎧が合ってると思うよ」
「ミスリル、だったか」
「そうだ。
重さをまるで感じないほど軽い上に、頑強な装備だ」
『羽毛のように軽く、ドラゴンの鱗よりも硬い』、だったか。
世界三大ファンタジー小説のひとつに登場する架空の金属そのものだな。
当然と言うべきか、目が飛び出るほど高価らしい。
さらには最高の職人が作り上げた武具は短剣だろうと、一般人なら触りたいと思われないほど高いそうだ。
「希少価値の高い金属に、王国魔術師の副団長並の使い手が長時間魔力を込め続けてようやく素材が完成するらしいんだが、そこからさらに専門職に渡って作り上げるわけだから、高いのも当然だろうな。
……まぁ、俺には縁のない話だよ……」
遠くを見つめるアーロンさんの虚ろな目がとても印象的だったが、それは俺にとっても同じだと言える。
俺の所持金は1万円程度だし、それすらもヴァルトさんにいただいたものだ。
豪邸が建つんじゃないかと思えるほどの高価な武具を手にする日が、俺に来るとも思えなかった。
「それで、剣はどうだった?
やはりロングソードみたいな重い物しかなさそうか?」
「あぁ、それな。
実は伝手があって、部下に探させてる。
なんでも16年ほど前に捕縛した盗賊から取り上げた剣が、今も倉庫の奥に眠ってるって聞いてな」
「……なんで部下が"倉庫の奥に眠ってる剣"を知ってるんだ……」
思わず白い目で訊ねてしまった。
いや、その理由もおおよそ理解している上で聞いたし、彼もまたそこに気が付いていたようだ。
「こんな時でもなければ怒っていたんだが、まぁ、ハルトに使ってもらえるならそれでいいって話にしてある」
「探させるのが罰、ということか」
「そんなとこだ。
悪い奴じゃないんだよ。
ただ、サボリ癖はなくならないが……」
「な、なるほど」
小さな町だし、王都からも目と鼻の先だからな。
酔っ払いの喧嘩くらいしか起きないと言っていた。
そんな町でも違った意味での苦労は絶えないようだ。
深いため息を彼がついた頃、問題の憲兵が駆け足で剣を届けに来てくれた。
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