第13話 願うより他はない

 ハルトが退室して間もない頃、冒険者ギルドマスターであるアウリスと受付業務に携わるユーリアは話をしていた。

 その内容は他愛無い雑談のようでその実、極めて重要なものだった。


 徐々に表情を暗くしたユーリアは、意を決したように言葉にする。


「……お伝えしなくて……よろしかったのですか?」

「……」


 考え込むように無言となるアウリスだが、彼は短くユーリアに訊ねた。


「不服か?」

「いえ、そのようなことは……」

「かまわん。

 私もいま、同じことを考えていた。

 放逐されたとしても、ハルト殿は異世界人。

 それも、新人潰しとはいえ多少の実績を積んだ冒険者を物ともせず、軽々と退けた事実に過度な期待感を抱いてしまうのも致し方のないことだ」


 ユーリアの言うように、内なる心に秘めた理由を言葉にすれば力を貸してくれたかもしれない。

 ハルトは心から困っている人を見過ごすような薄情に思える男では決してないのも、こうして対談した今だからこそ断言できた。


 むしろ、彼であれば快諾してくれたのではないだろうか。

 そう思ってしまうのはもう後の祭りではあるが、どうしてもそんな期待をしてしまうふたりだった。


「……過去200年、それを成した者はいません。

 たとえ"伝説の勇者"が召喚された日が来ようとも、世界に光が満たされることはないと、私には思えてならないのです」

「それでも、我々にできることは高が知れている。

 あるがままを受け入れつつ、起こりえない奇跡を願うより他はない」


 後ろ向きとすら言えない言葉が飛び交う室内に、1階に設けられた食事スペースから笑い声が耳に届いた。

 何も知らず、何を知ろうともせず、人々は呑気のんきなものだと苦笑いが出た。


「この世界に"神"とやらが本当に実在するのならば、今もこうして苦しみの中を生き続ける我々を見棄てるはずがない。

 存在しないのだ、この世界に神と呼ばれるものなど……。

 であれば、この世界に生きる者として行動せねばなるまい。

 ……"生きる・・・"、と表現していいのかは分からないが……」

「アウリス様……」


 視線を変え、窓から映る夕暮れの空を見つめながら、呟くように話を続けた。


「結局は"魔王の玩具"として踊り続けることしか、我々にはできないのだろう。

 今こうしていることすら、すべては奴の手のひらで踊らされているだけなのかもしれないな」


 深い悲しみの色を瞳に宿して言葉にする彼に、ユーリアは静かに答えた。

 そうであってほしいと、精いっぱいの願いと希望を込めて。


「……ですが……ハルト様であれば……」


 しかし、その言葉が続くことはなかった。

 それを確信するには、彼が放逐された理由にも繋がる。


 彼は"無能力者"だ。

 魔法もスキルも、その一切を使えないと判断されたからこそ王都を追放された。

 ある一点では一般人のユーリアよりも彼が劣っている証拠とも言えることだし、何よりも彼自身、魔法など創作物の中以外では見たこともないと断言した。


 であれば、彼の強みである体術に頼るのか。

 アウリスはあらゆる可能性を加味しながら結論を出す。


 そんなことは不可能だ、と。


「……可能性があるとすれば、後天的に特殊な力が目覚めた場合、か。

 魔法でもスキルでも何でもいい。

 何かしら有効な手段さえ確立させることができれば魔王への対抗策になるやもしれないし、逆に言えばそれ以外ではどうしようもないとしか言いようがない」


 だが、アウリスの言葉には大きな矛盾がある。

 "無能力者"だからこそ、彼は王都から放逐された。

 それは長年における情報から、召喚者に後天的な能力は目覚めないと確信していたからに他ならない。


 だからこそ、彼女は言葉にする。

 否定的な思考を持ちつつも、内心では確実に訪れる"破滅"を思い描きながら。


「……相手は、この世界を"最悪な手段"で滅ぼさんとする邪悪な魔王ですよ。

 勇者が召喚された今回こそ・・・・望みが絶たれる・・・・・・・かもしれません。

 希望を完全に失った世界は闇に包まれ、混沌とすら呼べない漆黒の世界へと堕ちてゆきます。

 魂の牢獄に囚われた私たちは、決して救われることのない苦しみと痛みを永劫の時の中、存在し続けることになるのでは……」


 顔色を青くしながら彼女は声を震わせる。

 そうならない保証はないどころか、そうなる可能性のほうが高い気がした。


此度こたびに召喚された"勇者様"とやらがまとも・・・であることを祈りたいところだが、十中八九期待は持てまい。

 ……だからこそ、王城に呼ばれた・・・・・・・のだからな」


 ハルトは……。

 いや、この世界に住まう者たちのほとんどは、それを知らない。


 その意味も、この世界の真の姿も。

 ほとんどの者たちは、それを知らなかった。

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