第12話 命であることに変わりはない
冒険者ギルドに隣接された小さな施設。
本来は専門家しか訪れない場所に俺は来ていた。
こういった場所はどの町にも造られていて、貴重な魔物素材の解体は専門家に任せるのがこの世界では一般的だと教えてもらった。
もちろん、魔物を一頭まるごと持ち込むケースは少ないそうだが。
「――でな、ここで刃を通し過ぎると中身を傷つけることになる。
ここは丁寧に、ゆっくりとナイフをこの角度で入れたほうがいいぞ」
「切り方はこっちが先でいいのか?
逆のほうが楽に思えたんだが」
「人によって違ったりするが、ここに骨があるだろう?
刃の通し方が巧くないと引っかかって抜けにくくなることもあるんだ。
力を入れてナイフを取ろうとすれば中身を傷つけかねないんだよ」
「なるほど」
イノシシの魔物の解体を見せてもらいながら、俺は様々な知識を学んでいた。
解体専門職のオスクさんはこの道12年のベテランで、教えるのが好きなことから新人育成に一役買っているそうだ。
彼のナイフ捌きと要所要所に補足をする知識は無駄がなく、素人目にも分かりやすくてとても勉強になる。
ナイフの持ち方や通し方、素材を傷つけずに取り分ける方法や肉を食す際の注意事項まで、分からないことを訊ねると何度でも丁寧に教えてくれた。
「一人旅をするなら必要な分だけ肉を取り分け、あとは野に放置する。
そうすれば他の動物が食べて排泄し、やがては肥料となって別の命に繋がる。
俺たちには縁遠い話に聞こえるが、動物のいない世界は人も住めなくなるんだ」
「わかるよ。
動物だけじゃなく、植物にも多大な影響を与えることくらいは。
それは魔物だろうと"命であることに変わりはない"んだから」
「お、嬉しいねぇ!
俺の言葉を学んで言ってくれるなんて、教え甲斐のある生徒だな、ハルトは!」
とても嬉しそうに微笑みながら、オスクは答えた。
食物連鎖。
言葉にすれば一言だが、その役割はなくてはならないほど重要だ。
それは異世界だろうと関係ないし、そうであることを知らずに生きるのは良くないと俺には思えてならなかった。
「人ってのは、生きてるだけで何かを犠牲にしてる。
とても罪深い存在だし、命を奪うのが嫌で植物だけを食べて生きる連中もいるくらいだが、俺から言わせれば動物はダメで植物はいいのかよって言いたくなる。
そんなのはただの自己満足だと俺には思えるんだよ。
どっちも生きてるからこそ"成長"する。
成長するからこそ、生きてるって言えるんだ。
さすがに
「命を奪う以上、己が糧とする。
できないのなら別の形で土に還すべき、か……」
「面白い表現に聞こえるな。
……だが、そうだな。
……私欲のために命を奪う行為にも繋がるんだろうな……」
とても寂しそうな色の瞳に見えた。
こんな世界に生きるからこそ思うところも多い。
それを知らない世界にいた俺が軽々しく踏み入ってはいけない。
そう思えた俺は、彼の意識がこちらに戻るのを待った。
「……悪い、少し考え事をしてた」
「かまわないよ。
わざわざ無償で教えてもらってるんだ。
感謝以外の感情は湧いてこない」
「いいやつだな、ハルトは」
「自覚したことはないな」
「自分で気づくやつは"いいやつ"じゃねぇよ」
「それもそうだな」
俺たちは冗談を言い合いながら声を出して笑う。
思えばこんなに笑えたのは、この世界に来て初めてかもしれない。
気楽にしていたようで、かなり精神的な疲労が溜まっていたのか。
まぁ、突然見知らぬ世界へ放り込まれた上に放逐されたんだから当然か。
「んじゃ、おさらいをするから説明してみてくれ」
「あぁ」
解体と言えば一言だが、やるべきことは多い。
それも順序を守ってやらないと、せっかくの素材をダメにする。
特に角や牙、皮などは綺麗に取れないと価値は下がるし、最悪の場合は使い道が極端に限定されるので買い叩かれかねない。
護衛者と食事付きの乗合馬車を利用すれば御者が解体、もしくは護衛冒険者にしてもらえるので問題はないが、俺ひとりで行動している場合は話が変わる。
むしろできなければ命にも関わりかねない以上は知るべきだ。
それも正しい知識で、しっかりと学んだ方がいい。
アウリスさんも元冒険者だから、そういったことで苦労したのかもしれない。
希望があれば学ぶよう手配するとは言っていたが、どちらかと言えば学んで欲しかったんだろうな。
その点を考慮すれば、俺はとても好感を持たれている。
アーロンさんも含めて俺に言えない"何か"を抱えているのは間違いないが、善意を踏みにじることは絶対にできないのだから、俺には向こうから話してもらうのを待つしかない。
恩を仇で返すやつはクズだ。
俺はそんな最低の人間になりたくない。
なるつもりもないが、そうならないように心がけなければならないな。
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