第11話 私は信じている

 水晶の中央を確認しながら、ギルドマスターであるアウリスさんは唸るように声を出した。

 目をすぼめるも、どうやら俺には魔力と呼ばれるものが感じられないそうだ。


 しかし、多くを経験してきた彼だろうとも、聞いたことがないと答えた。


「……信じがたいが、ハルト殿の体内には魔力の一切が感じられないようだ」

「そ、そんなこと、ありうるんでしょうか?

 戦えない私にも魔力は微量ながらに存在し、生活魔法も覚えられたんですよ?」


 生活魔法とは、物を洗ったり乾かしたりすることのできる魔法だと聞いた。

 非常に便利かつ、生活になくてはならないほどの力ではあるが、微弱な魔力で発動するこれらですら俺は使えないのではないかと、アウリスさんは結論付けた。


「私はこれでも冒険者として世界中を歩き、様々なことを見聞きした。

 もう、遥か彼方に思えるほど大昔のことではあるが、それでもハルト殿のようにごくわずかな魔力すら感じさせない者と出会った記憶はない。

 ……これを吉兆とみるか、凶兆とするかは判断に困るところだな」


 とはいえ、体に違和感はなさそうだ。

 後天的に何らかの影響が出てくる可能性も捨てきれないが、これに関してどこか楽観視しているのは、俺が魔法のない世界で生まれ育ったからなんだろうな。


 そんな便利な力があれば洗濯機もドライヤーもいらない。

 むしろ家電すら今とはまったく違った使われ方をしていたかもしれないし、もしかしたら存在そのものがない世界になっていたことも十分に考えられた。


 科学文明ではなく、高度な魔法文明として進化した世界ってのには興味をそそられるが、どちらにしても人間ってのは愚かな生き物だからな。

 大量破壊魔法を確立した世界が睨み合う、今とは全く違っていてどこか同じような世界に結局は落ち着くのかもしれないと俺には思えた。


「……ふむ。

 何か思うところがあるようだな」

「いえ。

 ただ人間は、何百年経とうとも"変わらないんじゃないか"と思えただけです」

「哲学的だな。

 人は人で、それ以上でも以下でもない。

 同時に、"辿り着く場所"も変わることはない。

 愚かな行為であろうと、人である以上は同じことを繰り返す。

 だが、"それでも前に進もうとする者はいる"と、私は信じている。

 どの時代でも、どんな世界でも変わらずにいると、な」


 善意も、悪意も。

 どちらも人は持っていて、どちらにも人は傾く。


 時には流されるように。

 けれども良心と呼ばれるものが、それを逆らうように。


 それは何千年経とうとも、変わることがないのかもしれないんだろうな。



「……さて。

 すでにアーロンから聞いているとは思うが、ハルト殿に渡す身分証が発行されるのは明日になる。

 これは冒険者登録カードであると同時に、この世界での身分を証明するためのものとなるので大切にしてほしい。

 再発行も可能だが、見知らぬ者しかいない場所であれば少々面倒なことにもなりかねない」


 具体的にはその場に拘束され、犯罪歴を含む確認と旅の目的をがっつりと聴取されるらしく、かなりの時間を要する事態になるとアウリスさんは教えてくれた。

 はっきり言って、あまり感じのいい扱いもされないそうだ。

 始めから犯罪者扱いはされないが、その可能性があると思われながらの取り調べとなるので、身分証を落とさないようにと釘を刺された。


 隣町へは護衛付きの乗合馬車を利用するのが一般的で、それなりに値は張るが、飲み水と食事もつく馬車をすすめられた。

 手荷物を極端に減らし、護衛冒険者が盗賊への牽制けんせいにもなる快適な旅ができる。


 食料が足りなくなれば動物や魔物を狩ることで補充する。

 この周辺では水源も豊富なため、水も食料も切れるという危機的状況になった場合だろうと、それほど大きな問題にはならないようだ。


 問題は、ひとりでいる時の動物や魔物の捌き方・・・になるが、これについても希望があれば教えるとアウリスさんは話した。

 だが、生活魔法を使えない俺は血の匂いを完全に落とすことが困難だと予想されるので、緊急事態以外には使わないだろうなと、彼は笑いながら答えた。


「そもそも冒険者ギルドは、専門の解体師を常駐させている。

 ハルト殿が持ち運べる重さに限界こそあるが、ギルドまで持ち込めば不要なものを買い取り、必要な肉や素材を受け取れる。

 当然、解体費は引かれるが、専門の技術は一朝一夕で手に入るようなものではない以上、経験がないのであれば解体師に任せることをすすめる」

「魔物に限らず、食料品となる動物のお肉も商業ギルドと同額で買い取らせていただきます。

 その際は受付カウンターまでお越しください」

「そうさせてもらうよ」


 しかし、解体ができると便利なのは間違いない。

 動物もそうだが、魔物は動物よりも体長が大きく、手に入る素材も良質らしい。

 たとえば皮や爪、角などは武具にも加工できるし、粉末状にした骨や牙などをまったく別の素材として使うことができるようだ。

 中には建材や肥料などとして有用な素材も多く、買取金額こそ少なくとも棄てるもののほうが少ないと教えてもらった。


「素材の良し悪しは、それなりに知識がなければ判断できない。

 金を必要としていないのであれば、食べる分の肉を手に入れるだけでも十分だ」

「街道で魔物や動物を倒した場合はそのまま放置せず、ある程度離れた場所まで運んでいただけると助かります。

 周囲の魔物を呼び寄せるだけでは済まず、本来は森の奥から出てこないような凶悪な魔物を引き寄せる事例も報告されていますので」

「なるほど」


 地面に埋めても結局は掘り起こされるので、ある程度街道から外れた場所であればいいらしい。

 特にこの周辺は強い魔物が出現した報告も非常に少なく、厄介なのは木々に隠れながら奇襲をする野盗の類だから、それほど神経質にならなくても良さそうだ。


「もし悪党を捕縛した場合は、最寄りの町にいる憲兵に引き渡すといい。

 面倒であれば相手の悪意をその場で判断し、縛って放置するなり、その場に転がして魔物の餌にするなりしても咎められることはない」

「これに関して、ギルドも非難することはございません。

 もちろん、相手側から襲い掛かってきた場合や、手配中の犯罪者に限ってのことになりますのでご注意ください」

「ハルト殿なら問題ないだろう。

 君の判断で行動してほしい」

「わかりました」


 面倒事はごめんだが、襲ってくる馬鹿なら容赦するつもりはない。

 そういった意味でも護衛付きの馬車を利用し、ある程度の人数で移動したほうがひとりで街道を歩くよりもずっと安全だろうな。

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