第10話 俺が異質なんだろうか

「――以上か?

 では、ユーリアの個人的見解を聞こう」

「はい。

 ハルト様は、あくまでも正当防衛だと断言します。

 その場に居合わせ、やり取りと一言一句を耳にしました。

 2度の暴力行為にも手を出さず、『3度目は敵対行動と見做みなす』と警告したにも拘らず、タイスト氏は抜剣した上でハルト様に襲いかかったことをこの目で確認しています。

 明確な冒険者ギルド規約違反では留まらず"殺人未遂罪"であることは明白です」


 それほど大きくないギルドマスターの部屋に受付嬢の凛とした言葉が響き渡る。

 彼女はアーロンさんの名を出したことで戸惑いながらも対応してくれた受付の女性だが、現在はまったくの別人と思えるほど正確に、かつとても丁寧に受け答えていた。


 あの時は何か思うところがあったんだろうかと考えながらも、俺は"新人潰し"の言動を思い起こす。


 何が面白くて喧嘩を吹っ掛けたのか、理解に苦しむ。

 先輩ってのは後輩の力になることを進んで教えたり、危なっかしい新人を心配、時には指導をするものなんじゃないのか?


 それとも、こんなことを考える俺が異質なんだろうか。


「……では、ハルト殿。

 彼女の話に訂正する部分はあるか?」

「確かにユーリアさんの言うように警告はしましたが、続けて俺はあの男へ挑発をしたことも間違いありません。

『"新人潰し"が義務とか語ってんじゃねぇよ。

 その安い自尊心を潰されたいならかかって来い』、と。

 この点も留意した上で、ご判断いただければと思います」

「……ふむ。

 自身に都合の悪いことも包み隠さず話すか」

「事実ですので」


 本心から思う。

 俺はあの時、確かに武力で制圧した。

 相手が得物を持っていようと、手を出した事実は変わらない。


 正直なところ、多少のお咎めはあっても両者不問としてもらいたかった。

 そうしなければさらなる面倒事にもなりかねないし、今度はこの程度では済まない事態になるからな。

 できればここで納めてもらえればと思えてならない。



 顎髭をさわりながらしばらく考え込んでいたギルドマスターは、俺に視線を真っすぐ合わせて言葉にした。


「……正直、驚いたとしか言葉が出てこない。

 放逐される異世界人は無能力者だと聞いているが、まさか君も"勇者"なのか?」

「質問の真意は計りかねますが、恐らく違うと俺は思っています。

 アーロンさんから色々と学びましたが、勇者が使う特殊な力を俺は所持してませんし、初級魔法はもちろん、魔力をわずかに発現させることすらできていません。

 "無能力"を理由に王都を追放されたと判断していますが、あながち間違いではないと感じますし、この件について異論を申し立てるつもりもありません」


 これも本心から言葉にしている。

 あの男は少々過激派だったが、それも魔物どころか魔王なんて存在がいる世界なら、荒くれ者のひとりやふたりはいてもおかしくはない。

 むしろ、平和ボケしてる俺みたいなガキにはちょうどいい刺激だった。

 剥き出しの殺意を向けられたことは、俺にとっていい経験になったからな。


 だが、残念ながらそうもいかないようだ。


「ハルト殿には申し訳ないが、タイストをこのまま放置することはできない。

 あの男はこれまで新人にちょっかいを出し続けていると報告を受けていたが、よもや町内で武器を抜き、あまつさえ恫喝して襲い掛かるとは……。

 小さな町だろうと、冒険者ギルドを預かる者として看過できない。

 挑発された程度で明確な殺意を向けるなど、言語道断もはなはだしい」


 ……恐らくは、それだけじゃ済まないんだろうな。

 これまで彼が言葉にした内容には、それが見え隠れしていた。


 俺は召喚者だ。

 それが"勇者"かどうかは別の話のようだな。

 ここに何かしらの理由があるとは思うが、アーロンさんのように"話せない"と言われるんだろう。


 理由の大半が、豚王とその側近が深く絡んでいることは想像に難くない。

 だとしても、言えることの範疇を超えれば彼らだけじゃなく、町全体に迷惑がかかる可能性すら考えられた。


「……すまんな」

「いえ。

 理解しているつもりです」

「……そうか」


 彼の発した言葉には、感謝と謝罪が込められたような声色だった。

 他の3人は問題ないが、あの男とだけはもう一度関わることになりそうだな。

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