第9話 語ってんじゃねぇよ

 町の中央部に置かれた大きな建物。

 とは言っても、3階建てで外観はこじんまりとした佇まいだったが。


 隣接された同じ規模の建物は商業ギルドで、冒険者ギルドの隣に造られることが一般的らしい。

 剣と杖を交差させた看板がかけられたギルドへ俺は向かった。


 すでに夕暮れ時のためか、扉を開ける前から喧騒に包まれていたが、どうやら1階は受付だけじゃなく、食事処も用意されているようだ。

 酒が入っているだろう木製の樽ジョッキを豪快に口へを運び、食事を摘まみながら楽しげに語らうその姿は、中世のヨーロッパに迷い込んだ気持ちになった。


 室内の右側には掲示板が用意され、依頼書と思われるものが貼り出されていた。

 アーロンさんの話では自分に合った依頼書を剥がし、受付に持っていくことで仕事を受けられると聞いた。


 冒険者とは、とても自由に生きられる人気職で、受けたいときに仕事を受け、休みたいときに休息を取ることのできる者たちなのだとか。

 仕事内容も様々で、薬草採取から魔物討伐、護衛や調査、変わったもので言えば迷子や猫探し、小さい町では仕事の手伝いやお使いなんてのもあるようだ。


 この町は王都からとても近く、仕事内容は採取依頼や採掘に関する手伝いなどがほとんどらしい。

 要するに、ここでは働き口が極端に限定されると聞いた。


 それを証明するかのように、館内には鉱夫と思われる人たちがとても多かった。

 筋肉質でやんちゃそうな顔立ちの人が大半で、痩せ型に思われがちな俺には少々居心地の悪さを感じさせた。

 受付へと向かい足を進めていると、俺に気付いた鉱夫たちは会話をやめて注視し始めた。


 王都から近いとはいえ、ここは小さな町だ。

 馴染みの顔は知っているはずだし、俺は異質な出で立ちをしているからな。

 注目を浴びる覚悟くらいはしていたつもりだが、ここまであからさまに反応があるとあまりいい気分はしなかった。

 受付カウンターには誰もいないようだから、さっさと身分証を作って戻るか。


「憲兵隊のアーロン隊長からすすめられて来たんだが」

「え?

 ……あ、はい。

 しょ、少々お待ちください」


 驚いた様子で受付の女性は答え、小走りで確認に向かった。

 背後から不快な気配を放っているのが数名いるが、気にせずに女性を待つ。


「お待たせしました。

 それでは――」

「冒険者になるってんなら、俺らが試してやるよ」


 思わず舌打ちをしそうになった。

 気配は感じていたが、やはり面倒事に巻き込まれたか。

 俺は振り返りながら嫌悪感を隠さずに答えた。


「何の用だ」

「だからよ、お前が冒険者に相応しいか俺らが見てやるって言ってんだよ」

「必要ない。

 申請をするだけでいいと聞いた。

 実力がなければなれない職だとは聞いていない」

「まぁ、そう言うなよ。

 冒険者ってのはテメエの命を張る職だ。

 お前みたいな弱っちいのにホイホイとなられちゃ、俺たちまで舐められちまう。

 俺らが試してやるのは先輩としての義務だからな」


 ……とてもそうは思えないな。

 大の男が4人も揃ってヘラヘラするなよ。


「不要だ。

 俺は身分証が欲しいだけだ。

 この町で生計を立てようとも考えていない」

「だからかまうなってか?

 つれねぇこと言うんじゃねぇ、よ!!」


 俺の右腕を強く掴み、飲食スペースのほうへ投げ飛ばされた。

 別の客が食事をしているテーブルに叩きつけられる瞬間、料理の皿を避けるように軽く手をつき、体を大きく縦回転させながら静かに体勢を立て直す。


 涼しい顔のままなのが苛立たせたのか。

 粗暴な男はこちらに駆け寄り、先ほどよりも強い力で俺を投げ飛ばす。

 それなりに離れた壁へ叩きつけられんばかりの勢いで投げられたな。

 床を右足で強く蹴り、体を一回転させて着地すると、どよめきに似た困惑の声で館内は溢れた。


 さすがに派手な動作だったから、驚かれても仕方ない。

 投げつけた男からすれば、自尊心を傷つけられたと感じたんだろうか。

 どうやら今ので完全に火を点けてしまったようだ。


「調子乗ってんじゃねぇぞクソガキが!!」

「お、おい。

 あいつやべぇぞ。

 もういいだろ?」


 仲間たちは俺の行動を見て察してくれたが、投げた張本人だけは収まりそうもなかった。

 面倒だと思いながらため息をついた俺は、重く低い声で男に警告した。


「3度目はない。

 これ以上かまうなら敵対行為と見做みなす」

「クソが!!

 ぶち殺されてぇのか!!」

「"新人潰し"が義務とか語ってんじゃねぇよ。

 その安い自尊心を潰されたいならかかって来い」


 獣のように吼えながら、剣を抜き放ち襲い掛かる。

 その気迫はそれなりに強めで物凄い形相をしているが、技術の拙さが目立つ。


 足の運びも剣の構えも。

 何よりも周囲に意識を向けられなくなった時点で俺の敵じゃない。

 そんな冷静さの欠片もない殺意剥き出しの獣に俺が負けることなどありえない。


 振り下ろされる蛮族のような一撃をかわしつつ、交差気味に右ストレートを顎下にこつんと当てる。

 一瞬で意識を刈り取られた男はそのまま床に倒れ込み、豪快な音を周囲に響かせて動かなくなった。


 館内の音が完全に消えた。

 これでようやく落ち着けるな。


 そんなことを考えていると、カウンターの右手にある階段から大きな声がギルド内に響き渡った。


「いったい何事だ!

 誰でもいい!

 説明しろ!」


 やってきた初老の男性に顛末を話す職員の女性。

 伝え終えると、視線はこちらへと向けられた。

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