第8話 不審者極まりない存在
石材の町、トルサ。
それがこの町の名前らしい。
総人口はおよそ3000人。
そのほとんどが鉱夫などの採掘に従事する労働者とその家族だ。
元々は石材を加工して王都に届けていたが、それも落ち着いた現在は鉱山などの採掘品が町を支えている。
現在も"石材の町"と呼ばれるのは、町の始まりを忘れないためだそうだ。
このラウヴォラ王国で使われている通貨単位はキュロ。
小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨と、後に行くほど価値が上がる。
10キュロの価値がある小銅貨は、日本円にしてほぼ10円だと思われた。
これはパンの値段や一食分の金額から予想したもので、多少は物価の変動でも価値が変わっていくのだから、商人でもない限りはそこまで細かく気にしなくていいだろう。
銅貨が100キュロ、小銀貨が1000キュロなので、俺が渡された銀貨は1万円ほどの価値があるようだ。
決して少なくはないこの資金は、大切に使わせてもらおう。
そんな気持ちを知ってか知らずか、アーロンさんは口角を上げながら答えた。
「ヴァルトに渡された銀貨は、もしもの時のために取っておくといい。
バッグや保存食、水袋など最低限必要なものはこちらで用意する。
あとは金の稼ぎ方くらいか」
「さっき話に出た冒険者ギルドに登録すれば、金を稼げるようになるんだよな?」
俺はアーロンさんへの敬語をやめていた。
こうでもしないと家柄がいいやつだと他者から注目されるそうだ。
日本人の俺としては中々に思うところも多いが、金目的で狙われないようにするためには直すべきだと彼に言われ、素直に従ったほうがいいと判断した。
高齢の方や貴族、または王族など身分が明らかに違う者には使ったほうがいい敬語や丁寧語だが、この世界でそれを多用することは避けるべきだと言われた時は相当驚いた。
"郷に入れば郷に従え"ってことか。
そもそもここは俺の知る世界とは別の場所だからな。
そういった常識の差異も多いんだろうと思えた。
「まずハルトは身分証を作るべきだな。
この町では問題ないが、他国はもちろん、他の町では不審者扱いされる。
最悪の場合は捕縛されて尋問だろうな」
「冒険者ギルドの受付で申請をすれば手に入ると聞いたが、出自を訊ねられることはないのか?」
正直、この世界での俺は不審者極まりない存在だからな。
王国の上層部に睨まれるような事態は避けたいところだが、どうやらそれについても彼には策があるようだ。
「受付で俺の名を出せばギルドマスターに話がいくようになっている」
「つまり、ギルドを統括する方も"協力者"なのか」
「そうだ。
ここでその理由を細部まで話すことはできないが、ハルトに害が及ぶことはないと断言する」
それについては疑っていなかった。
ここまで良くしてくれている人がいきなり裏切るような真似をするとはとても思えないし、そんなことをする理由も必要も俺には見出せない。
「……悪いな。
話せないことも多いんだ」
「いや、十分助かってるよ。
ともかく、ギルドでの申請を優先するよ」
「申請から翌日には身分証が発行されるはずだ」
やはり多少の時間はかかるみたいだな。
まぁ、翌日に出来上がってるならあってないようなものだが。
「そうだ、武具も持ってないんだから、ここで最低限は整えていくといい。
ハルトは少し線が細いように見えるが、そのサイズで余ってるのがあるからな。
何か希望があればギルドへ行ってる間に用意しておくが」
「それじゃあ、軽さを重視した胸部の革鎧と、軽めの剣をもらえるだろうか」
「……胸部だけでいいのか?
そのままだと手足が剥き出しだぞ」
「かまわないよ。
あまり装備を固めると移動速度が落ちる」
「なるほど、大体わかったぞ。
速度を活かした戦い方をするつもりなんだな」
「あぁ」
慣れてない金属鎧を身に着けるほうが危険だ。
正直、胸部の革鎧ですら邪魔になるかもしれない。
俺としては動きやすさに重点を置きたいし、そうしなければ最悪の場合は命に直結する戦いを強いられる可能性が高い。
西洋騎士がつけていたプレートアーマーなんてのは論外だ。
「ただ武器は鋳造品じゃなく、しっかりと鍛造されたものが信頼性が高くていいんだが、これは値段も相応に張るものだよな?」
「そうだな、かなり違うぞ。
それにこの町では鍛造品なんて手に入らない。
王都まで1日ってのもあるが、ここでは採掘業が主だ。
大きな町の職人が開いている工房にでも行かないとだめだな」
「……そうか。
なら、軽めの剣でそれなりに頑丈なものをもらうよ」
鋳造品だろうと、扱い方次第で壊れにくくなる。
しばらくは武器を壊さないように気を付けながら戦ったほうがいいだろうな。
周辺の魔物もおおよそ聞いたし、毒を含む動植物についても少しは覚えた。
……ひとつ気になるのは、リンゴやブドウなどの地球でも存在した果物やキノコ、山菜などがやたらと多いことか。
俺としては非常に助かるが、この世界はいったい何なんだろうかと首を傾げてしまう。
これも答えの出ない疑問である以上は、考えるだけ無駄ではあるが……。
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