第7話 相当恵まれているのだと

 何とも言えない気持ちで足を進めた俺は、街門を守護する者に止められていた。


 それもそのはずだ。

 俺は身分証の類を持っていない上に、街道を荷物も武具もなしで歩いていたんだから、どんなに小さな集落だろうとこういった扱いをされるとは予測していた。


「ちょっと待ってろ」


 そう言われて、そろそろ5分ほど経つ頃か。

 まぁ、それも体感によるものだから、正確なところは分からないが。

 こういう時、細かく時間を気にするのは日本人だけなのかもしれないな。


「待たせた。

 聴取するから、同行を」

「わかりました」


 やってきたのは20代半ばの男性。

 気迫のある顔立ちや他の兵士とは違う気配を纏うことから、隊長格なんだろう。


 ただ、着ているものは騎士とまったく別の鎧だ。

 王国騎士団に所属する者ではないみたいだな。

 となると、憲兵に近い立場なんだろうか。



 通された部屋は街門内に造られた一室。

 それほど広くはないが、相手に圧迫感を与えないよう光が差し込む窓がつけられた聴取室だった。

 窓側の席に座るよう言われた俺は、彼の言葉に従いながら対面した。


「聴取官を務めるアーロンだ。

 憲兵隊の隊長も兼任している。

 役職は仰々しいが、小さな町での争い事は酔っぱらいの喧嘩程度だからな。

 一応牢屋もあるんだが、酔いが醒めまで放り込んでおくだけで罪人らしい罪人を入れたこともない。

 ここはそんな、静かなとこだよ」


 軽く談笑をするように彼は話し、本題に入った。


「……さて。

 聴取とはいっても、それほど大げさなものじゃない。

 2、3聞きたいことがあるだけだから、気軽に答えてくれ」

「はい」


 こほんと咳払いをした男性は、真面目な顔で訊ねた。


「お前さん、別の世界から来たな?」

「……恰好から推察したのですか?

 それとも、黒髪が珍しいからでしょうか」


 この世界に来て数時間だが、道行く人はすべて金や銀、赤や薄茶といった、日本人からすれば海外旅行をしているような気分になる外国人ばかりに見えていた。

 黒髪はこれまで見ていないし、恐らく漆黒のような色はとても珍しいのだろう。


 格好も明らかにこちらの人たちとは違う。

 夏服とはいえ、学生服だからなこれは。

 革靴じゃなくスニーカーを履いていれば目立つ。

 むしろ、この姿で目立つなという方が無理な話だ。


「そのどちらでもあるし、それ以外でもある。

 "勇者召喚の儀"が近々あると聞いていた。

 しかしそれが今日だったとは、思いもよらなかったが」

「……勇者召喚の儀」


 好意的な扱いはされなかったが、どうやら異世界から勇者を召喚されることは周囲に伝えられていたんだな。


 だが、それよりも気になる言葉が脳裏から離れない。

 言い間違いだとはとても思えないほどの意味が含まれていた。


「"今日だった・・・・・"とは、どういうことでしょうか。

 俺が勇者であるのなら武装するのが一般的ですし、準備を念入りにするなら翌日以降になる可能性も高いはず。

 今日だと判断するには、いささか情報不足に思えますが」


 これまでの話の中で、"今日"だと限定するのは無理がある。

 彼の言葉からは別の意味が込められていたのは間違いなかった。


「あなたは知っている・・・・・のではないですか?

 召喚直後に俺が王都から追放されたことを。

 勇者であれば装備をある程度整え、魔王討伐に備えるはず。

 にもかかわらず、あなたは勇者召喚をされたのが"今日"だと言葉にした。

 同時にそれは、不要とされた召喚者が王の指示で即日放逐されるのを知っていたことにもなります」


 それだけではない。

 あの騎士が取ってくれた行動にもどこか納得がいった。

 未だに薄ぼんやりとではあるが、ようやくこの国がどういった場所なのか、その本質が見え始めた気がした。


 目を丸くする男性に、俺は結論を言葉にする。

 まだ推察に過ぎないものではあるが、確信を持って発言した。


「あなたは知っているんですね。

 俺とは違う、"追放された異世界人"を」


 情報をくれた騎士の言葉に悪意は微塵も感じなかった。

 対面する男性に同じ気配を感じるのも間違いじゃない。


 だとすれば、この人も俺に力を貸してくれるかもしれない。

 これは甘えでも何でもなく、生きるために必要なことだ。

 眼前の男性であれば、それもしっかりと伝わるはずだ。


「――ク、ハハハ!

 凄いな、少年!

 まさかたったの一言で、そこまで情報を拾われるとは思っていなかったぞ!」


 噴き出すように笑う男性に、俺は反論するように答えた。


「すべては俺の推察にすぎません。

 でも、どうやら合っていたみたいですね」

「あぁ、その通りだよ。

 これも気が付いているだろうが、お前さんに金を渡した男とも旧知の仲だ。

 あいつは王国騎士団の中でも王に近い位置に身を置いてるからな。

 追放される召喚者を導き、俺のところに向かわせるようにしている」


 その理由も想像つくが、俺の思考を遮るように彼は釘を刺した。


「言えることと言えないことがある。

 それは理解してほしい」

「はい。

 そのつもりです」

「……助かるよ」


 どこか申し訳なさそうな表情で彼は答えた。


 要するに、あの王は敵を作りすぎているってことにもなる。

 こうして力を借りられる事実に、俺は深く感謝をするべきだ。


「さて、俺に限らず、この国にも否定的な意見・・・・・・を持つ者も少なくはない。

 だが同時に"逆もまたしかり"だと言えることを忘れないでほしい」

「はい」


 スパイとは言わないが、それに近い連中もこの国には多いという意味だな。

 "西の国を目指せ"と含ませた言い方にもなるが、旅に必要不可欠なものがある。


「常識だな、まずは。

 それを教えようと思う」


 願ってもないことだった。

 むしろ、俺はこう答えるべきだ。


「こちらからお願いします」


 俺の答えに嬉しそうな顔をしながら彼は快諾する。

 この世界に来てすぐ複雑な気持ちにさせられたが、俺は相当恵まれているのだと知れた日だった。

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