第6話 魔物か動物か

 2時間ほど街道を歩いただろうか。

 どうやら遠くに町らしきものが見えてきた。


 やはり彼が伝えたように、歩けば町に到着するという意味だった。

 まだ俺が拾い切れてないだけで情報があるかもしれないな。


 ……町というには小さく見えるが、村よりも大きいと思えた。

 始めから町として造られたものではなく、集落から村へ、次第に町に大きくなっていったんだろうか。

 王都から目と鼻の先であることを考慮すれば、何かの資源が手に入る場所か。


 あと1時間もあれば着くかもしれない距離だ。

 となると、町に着く前に魔物を一度見ておくのも悪くない。


 しかし、問題もある。

 ここまで魔物と遭遇していない点だ。


 これだけ王都が近ければしっかりと間引きされているって意味なんだろうが、俺にとってはあまりよくない。

 とんでもない強さの敵と出遭う前に、一般的な魔物がどの程度の強さなのかを早めに確認したかった。



 周囲を見回すと、右手前方に何かが動いた。

 随分と距離はあるが、小さめの動物のようだ。


 うさぎか?

 ……にしては、何か頭についてるな。

 近づいてみると、額に尖ったものが突き刺さるように生えていた。


 角うさぎ、一角うさぎ、ホーンラビット。

 どれが正解かは分からないが、どうやら魔物みたいだな。

 異世界である以上、ただの動物ってことも十分に考えられるか。


 冒険者は……いないみたいだな。

 折角だし、確認しておこうか。

 魔物がどんなものなのか、アニメや小説じゃ世界によってまったく違うくらいだし、非常に厄介で危険な存在かもしれない。


 正面を向いている角うさぎに近づくも、視力は悪いようだ。

 風向きからするとこの距離なら届いているんじゃないかと思えるが、どうやら嗅覚を含め、感覚器官はそれほど鋭敏ではないんだな。


 10メートルほどまで寄らなければこちらに気付くことはなかった。

 ということは、大した脅威にもならずにそのままスルーできるだろう。


 俺を目がけて走ってくる様子はなんとも愛くるしいうさぎだが、凝視するようなイノセントにも思える眼は結構キツめのものが備わっているようだ。

 今まさに命を刈り取ろうと迫っているわけだが、犬や猫と違ってうさぎは特徴的な走り方をするからな。

 ジャンプした直後、その場をわずかにも動かない動作はうさぎそのものだった。


 ……角が生えた魔物だろうと、うさぎはうさぎか。

 異世界だろうと草食動物が人を襲うとは考えにくい。

 本当にこんなのが命を脅かすほどの脅威になるのかははなはだ疑問としか言いようがなかった。


 いや、作物を荒らす可能性もあるし、あの角で突進されると怪我をする。

 前歯も場合によってはかなり危険ではあるが、あまりにも動物に近いその姿に"気性の荒いうさぎ"程度にしか俺には見えなかった。


 そもそも、うさぎはわりと機敏に動く。

 捕まえようとしても、本気で逃げるうさぎには触れることも難しい。

 そう言った点を考慮すれば一般的な動物だろうと十分に脅威的か。


 様子を見つつ、角うさぎの観察をする。

 1メートルほどでこちらに向けて大きくジャンプをするが、太もも程度の高さまでしか飛び上がれないようだ。


 するりと回避しながら、背中へ回り込むようにうさぎを正面に見据える。

 着地するとこちらを見失ったのか、きょろきょろと左右を探し始めた。

 ……本当に、こんなのが魔物と呼ばれているんだろうか。


「こっちだぞ」


 さすがに俺の声には反応した。

 こちらを見ながら威嚇するように睨みつけるが、やはりそこはうさぎだ。

 いくら鋭い角が額から伸びてようと、その可愛らしさは変わらない。


 声帯がないので唸り声を上げられないのだろう。

 ぶぶぶぶと音を鈍い鳴らしているが、これが声だとは思えない。

 あまりの小ささに、遠くから聞こえる小鳥のほうが耳によく届いた。


 再びジャンプして襲い掛かるうさぎ。

 同じように回避しつつ、首根っこを捕まえた。


 空中で掴まれたことに驚いたのか、だらりと体の力が抜けた。

 それも一瞬だけで、すぐさまじたばたと暴れるも、掴んでいる場所が場所だけにどうやらどうしようもない状態のようだな。


 体長は約50センチってところか。

 額の角は7センチ程度、体重はおよそ6キロほどか?

 体毛はわりとごわごわで四肢の先端についた爪も鋭くない。

 これでは引っかかれたとしても、多少痛い程度で済みそうだ。


「……肉食の、うさぎだろうか……」


 それならば分からなくはない。

 これが魔物だとは思えないのが本音だが。


 噛みつきはもちろん、角も届かず、足も引っかけられず。

 しばらく観察していると、勢いよく暴れだした。


 ……が、それも2分ほどだった。


「なんだ、もう疲れたのか?

 お前、魔物じゃなくて一般的な動物なんじゃないか?」


 しょんぼりとしてるように見える様子から、だんだん可哀想に思えてきた。

 やはりこれが魔物の基準と考えるのは、いささか早計かもしれない。


 地面に放して少しだけ距離を取ると、こちらを一瞥もせずに逃げていった。


 これが"脱兎の如く"か。

 なんて馬鹿なことを考えながら、俺はうさぎを追わずに草原から街道へ戻った。


 魔物だとしても、角うさぎは恐らく最弱だ。

 ゴブリンの持つ知能がどの程度かにもよるが、イノシシのほうが強いだろう。


 小鬼っていうくらいだしな。

 体格差を考えれば猪突猛進で蹴散らされる姿しか想像できない。


 動物に近い魔物がいると想定すれば、クマやトラなどの危険動物には注意を払うべきだが、森の奥でも行かない限りは安全に旅ができるかもしれないな。

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