第117話 自分の足で

 ストレムブラード王国の最東端に位置するこの町は、北西に広がるフォルシアンの湖に隣接されるように増築を繰り返し、現在のような形状に落ち着いたらしい。


 フォルシアンは世界でも3番目に大きいと言われる湖で、透き通るような水質の中で生まれ育った魚介類がとても美味なのだとか。

 湖岸には湖港が造られ、水産加工場も多いと聞いた。


 町が湖に面しているだけでも様々な恩恵が得られる。

 そのひとつが、一部の外壁を建造しなくていいことか。


 あれだけ巨大なものを造るとなれば、数か月どころでは終わらない。

 まず間違いなく長期のプロジェクトになるだろうから、それだけ金もかかる。

 石材を組み上げるだけで造られる簡易的な外壁だとしても人件費は別だからな。


 湖全体がすっぽりとストレムブラード王国の領土内であることを考えると、湖側からの襲撃も現実的に考えにくい。

 魚介類を始めとした湖の恵みを町に引き入れるのにも最高の立地だし、巨大な湖港を建造しやすいメリットもあるだろう。



 "湖の町ヴァレニウス"

 総人口およそ16000人の大きな町だ。

 しかし3分の1の住民は湖に関連した職に就くか、その家族となっている。

 湖の恩恵を受けて発展した町らしく、多くの店はそれにちなんだ商品を扱う。


 湖畔付近は上質な薬草やキノコ、木の実や果実など豊富に入手することができ、多くの見習いを職人に育てる町とも言われているそうだ。


 ここに来る前、"近隣に湖がある"と聞いてたが、どうやらそうではないのだとサロモさんとダニエルさんは話していた。


「フォルシアンの湖が近いと聞いてたが、まさか隣接されるように町が開発されてたなんてな。

 俺の記憶とは随分違う印象で、さすがに戸惑っちまうな」

「正直、アタシも驚いたよ」


 面を食らっているふたりだが、実際に彼らは町を探索したわけじゃないらしい。

 依頼が終われば食事をして宿に戻り翌朝パルムへ、そしてハールスに帰る。

 他国ともなれば滅多に向かう機会もなければ拠点を変えるわけにもいかない。

 湖に興味がなければ、ふたりが知らなくても不思議ではないんだろうな。


 とはいえ、湖畔は市街地からも相当離れてるみたいだから、俺たちが行く機会は結局のところなさそうだと思えた。


「釣りの趣味でもあれば違うんだけどな」

「なんだサウル、湖に行きたいのか?」

「趣味があればって話だよ。

 美味い魚は料理屋に行けば食えるし、火を熾せる場所も限られるだろうから土台無理な話だなって言おうとしたんだ。

 それに湖付近で調理するとなれば、調味料も食材もかなり限定される。

 料理屋以上に美味いものは作れないぞ」


 説得力のある言葉に頷く俺とヴェルナさんだった。


 確かに美味い料理を作るには、調理人の腕だけでは不十分だと思えた。

 食材や調味料だけじゃなく、野営では難しい火加減もしっかり調節できる料理店の厨房でなければ同程度の料理を作るのはサウルさんでも無理なんだろうな。


 キャンプ好きなら湖畔で一泊を、なんて考えるのかもしれないが、現実に町中で試したら奇異の目で見られ、最悪の場合は憲兵に通報されるような気がした。


「そういや、アタシも釣りなんてしたことねぇな。

 魚は料理屋で食うものって印象が強いから、わざわざ個人で釣って食べようとは思わないだろ」

「釣りに興味なければ湖には行かないよな」

「ハルトは興味あるのか?

 なんなら魚釣ってみるか?」

「いや、いいよ。

 湖は見て楽しむものだと思ってるし」

「ハルトにしちゃ後ろ向きに思える発言だな!」


 声を出して笑うサウルさんに釣られながら、俺たちは街道を歩いた。



 ラウヴォラ王国とは多少の違いこそあれど、それほどの劇的な変化を見せない建造物が並ぶ。

 深い赤茶色の屋根で統一された建物を見るだけで思わず感嘆のため息がもれた。


 古き良き中世ヨーロッパの街並みも、きっとこんな感じだったんだろうな。

 年季の入った石畳に古い家屋、色とりどりの花で飾られた庭やベランダ。

 大通りには馬車が行き交い、小道には緩やかな曲線を描いた街道が続く。

 賑やかな人々の喧噪で溢れた町中は、こちらまで活力をもらえそうなほどの活気に満ちていた。


 ……やっぱりいいな、中世は。

 素朴さの中に、特有の魅力を強く感じる。


 法とか教育を含むモラルとか色々と問題事も多いけど、料理屋の食事は美味いし、何よりも言葉が通じるってのは、それだけでも非常にありがたい。


 なぜ理解できるのかは分からないが、そんな疑問が些末なことに思えた。



 憧れた情景は、人それぞれあるだろう。

 でも、俺にとってはこの世界がとても魅力的に見えた。


 変な連中も多いし危険人物も確かにいる。

 それでもこの世界は俺が憧れ続けた時代を色濃く感じさせた。


 子供の頃、テレビで佳菜と見てた時に呟いた言葉を思い出した。

 ……そうだ、俺は中世のヨーロッパに行きたかったんだ。

 石畳の街道を、自分の足で歩いてみたかったんだ。


 だけど、そんなことは現実的に不可能だ。

 だからせめて海外旅行に初めて行く時は、古い時代、古い歴史をより強く感じさせる国にしようって強く思った。


 結局、夢は違った形で半分叶った。

 それを俺だけで楽しむことに罪悪感を強く覚える。


 強制的に呼ばれるのなら、せめてふたりで来れたら良かったんだけどな。

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