第116話 別れることを惜しむよりも

 太陽も傾き、空がオレンジ色に染まる頃。

 俺たちは予定通りの日程で無事にヴァレニウスへ到着した。


 何十回と往復してるとしても、これほど正確に辿り着けるのはひとえに馬を巧みに扱ったサロモの手腕によるものだ。

 まさかこれほどの技術を持つとは旅立つ前には想像すらしていなかったが、彼の技術は同業者として仕事に就いていたサウルさんも舌を巻くほどだった。


 "僕は馬の言葉が分かるんだ"、なんて本人は笑いながら言っていたが、本当にそうなんだろうなと思えてしまうほど気を使いながら速度を調節していた。

 馬の手入れを怠らず、ケアもしっかりとした上に道中の予定も完璧だった点を考えれば、相当の技術を持っているのは間違いない。

 それくらいしか思いつかないが、恐らく彼以上の御者とは巡り合えないんじゃないかとも思えてならなかった。


 料理の腕はサウルさんよりもずっと低かったが、得手不得手は誰にでもあるし、焚火を囲みながら星空の下でみんなと食べる食事は美味かったから、気になることでもないんだが。



 厩舎手前に馬車が止まり、続々と荷台から降り始める。

 やっぱり乗合での旅はいいもんだなと、俺は自然と思えた。


「……大丈夫、ヨアキムちゃん?

 おばさんも付いていこっか?」

「ううん、大丈夫だよ。

 ありがとう、アデラさん」

「またね、ヨアキムお兄ちゃん」

「うん。

 モニカも元気でね」


 結局、最後までヨアキムはアデラさんから子供扱いされてたな。

 国境検問所を越えた辺りからは本人も諦めてたし、楽しそうだったが。

 本気で嫌がっていれば口を出そうかと思っていたが、杞憂だったみたいだな。


 ……ホームシックにならなければいいが、ヨアキムの瞳には活力を感じさせる強い色が宿っているし、まぁ問題にはならなさそうだ。


「ダニエルさん、サウルさん、ヴェルナさん、それにハルトさんも。

 道中の護衛、本当にありがとうございました」


 アデラさんは終始、俺を一人前の男として扱ってくれた。

 そういった意味では地に足のついた姿に映っていたんだろうか。


「……ハルトさんは"旅人さん"だから、もう会えないかもしれませんね……」


 とても寂しそうにモニカは肩を落としながら小さく言葉にした。

 だが、それも旅の醍醐味だと俺には思えた。


「一生に一度かもしれない"縁"はとても尊いもので、何ものにも代えがたい経験になると俺は思ってるよ。

 だから、別れを惜しむのではなく、前を向いて歩いて行こう。

 もしかしたら、世界のどこかで逢えるかもしれないだろ?

 その時こそ話をしよう。

 お互いの知らないことを話し合えば、きっと2倍も3倍も楽しめると思うんだ」

「……ハルトさん……」


 俺の名を呟いたモニカは、優しく胸に抱きつきながら言葉にした。

 小さな想いを告げただけでも涙してしまいそうな子の頭を、俺は優しくなでた。


「……きっと……きっとですよ……」

「あぁ、きっとまた逢えるよ」

「……はい」


 少しだけ強く言葉にしたモニカは俺を見上げ、目尻に涙を溜めながらも精一杯の笑顔を見せた。

 その様子をニマニマと見つめる大人たちの視線を集めていることに気付いた彼女は顔を真っ赤にして俺から離れ、両手で顔を隠した。


「ハルトぉ、アタシら、先に宿取ってこようか?」

「含みのある言い方をするなよ……」

「でもなぁ、俺ら、邪魔しちゃ悪いからよ」

「ここ数日はハルトにべったりだったもんな、嬢ちゃんは」


 ダニエルさんの言葉が止めとなって恥ずかしさの頂点に達したモニカは、言葉にならない声を出しながら、わたわたと手を振り回した。

 まぁ、さすがに鈍い俺でも気付くレベルだから、周囲にはバレバレだよな。



 そして俺たちは、別々の道を歩み始める。


 ヨアキムは憧れ続けた漁師の道へ。

 アデラさんとモニカは離れた家族の下へ。

 サロモさんとダニエルさんは1日休息を取ってまたパルムへ。


 それぞれの目的のために別れた。


 乗合馬車だから当然のように起こることだが、一期一会に思えるからこそ得られるものだと俺には思えてならない。


 いつかまた世界のどこかで。

 いや、この町のどこかで会えるかもしれない。


 "出会いの数だけ別れもある"、なんて言葉もあるくらいだ。

 なら、別れることを惜しむよりも、出会いに感謝して前に進んだ方がずっと楽しめるし、再会した時にはより嬉しく感じるものだと俺には思えるからな。


 これも旅の醍醐味のひとつだよな。

 だから馬車なんて所有する必要もない、なんて思えてしまう。

 知らない人たちと乗れるのが乗合馬車のいいところなんだ。


 中には変わり者だっていると思うし、関わるなと拒絶する人もいるだろう。

 でも、それを含めた上で、俺は知らない人との旅を楽しんでいる気がした。


「ほんと、楽しそうにしてるよな、最近のハルトは」

「顔に出てるか?」

「あぁ、はっきり出てるとアタシは思うぞ」

「そうか。

 隠すことでもないからいいよな」

「まぁな。

 俺らにゃ分からんけど、人との接点を極力避けるやつも割と多いって聞くから、そういうのと出会う可能性もあるとは思うが、そんなやつともハルトは仲良くなりそうだよな」

「どうだろうな」

「いや、お前は仲良くなるとアタシには思えるな」


 いったい、何の根拠があるんだよと不思議に思いながら俺は訊ねると、ヴェルナさんは断言した。

 それに即答したのは俺ではなく、サウルさんだった。


「オンナの勘ってやつだ」

「イノシシ追っかけてるやつにドヤ顔されてもなぁ。

 お前はもうちっと落ち着きを見せれば男がホイホイ寄ってきそうだが」

「興味ないな。

 どうせ顔だけ見て寄ってくる程度の軽薄男だろ?

 そんなのはこっちからお断りだね」


 確かにヴェルナさんはかなりの美人だ。

 スタイルも良く筋肉量もほどほどだから、健康的な女性に見える。

 私服に着替えて黙っていれば、本当に男から声をかけてくるだろう。


 ……中身を知れば、ナンパ男は逃げていくと思うが。


 思えばヴェルナさんは、佳菜とは随分と違う印象を受ける。

 佳菜はまったく力強さを感じない大人しさを前面に出した容姿をしてるから、変な男に絡まれやすいんだよな。

 だからこそ父も護身術を習うべきだと強く勧めた。


 結局、俺とは違って威圧を微塵も出せないから"一葉流武術の師範代"にはなれずにいるわけだが、本人は人に教えることは興味がないらしいから威圧を体得するつもりも最近ではなくなっていたな。



 ……佳菜、どうしてるだろうか。

 本当に取り乱してなければいいが……。

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