第115話 これこそが馬車の旅

 国境検問所を越えて3日と半分が過ぎた。

 周囲に広がる平原は見通しも良く、まるで春のような穏やかにも思える風が頬を優しくなでる気候が続き、とても心地良い旅となっていた。


 稀にすれ違う商人に挨拶したり、街道に近い魔物をダニエルさんが討伐したりと平穏な移動となっている今回の旅路は、何事もなく終わるだろうと思えた。


 これまでのことを思い返してみると、やれティーケリだの盗賊だのとロクでもないものと俺は遭遇し続けてるからな。

 むしろ、これこそが馬車の旅だよなと思ってしまう自分がいた。


 盗賊はさておき、そもそも危険種の中でも特に厄介だと認識されているティーケリと出遭った時点で異常だとこの世界の誰もが断言するだろうが、正直に言えば、もうあんな事態は二度と起こらないでほしいと思えた。


 倒せる、倒せないの話ではない。

 討伐すれば、どうしても目立つからな。


 確かに大金は手に入るし、何よりも周囲に住まう人々の安全を確保できるのはとても大切なことだが、凄腕冒険者を数チーム結成させた合同討伐隊でようやく倒せるような怪物を倒すことそのものが、さらなる厄介事を引き寄せる結果になる。


 そのたびに説明するのも一苦労だし、毎回説得力のある答えができるとも限らない以上、最悪の場合は憲兵や兵士に詰問されかねないから目立った行動はなるべく避けたい。


『それでもハルトは倒すことをためらわねぇよ。

 たとえ自身に不利益が生じても、それが"誰かのためになるんなら"な』


『お前はそういう男だよ。

 だからアタシらも一緒にいるんだ』


 サウルさんとヴェルナさんに言われた言葉が頭をよぎった。


 きっと俺と一緒にいる本当の理由は、放っておけないと思ってくれたからだ。

 それに甘んじることは良くないと思うが、それでもふたりの気持ちは心から嬉しかったし、経験を積んだ先輩たちと共に世界を歩けることは幸運でしかない。


 ふたりに恩を感じてる俺が何を返せるんだろうかと思ってしまうのも、日本人特有の感性から来るものなのかもしれないな。


 こんなことふたりに話したら、豪快に笑われるだろうな。

 そしてふたりは、決まってこう続けるんだ。


 "自分たちが好きで一緒にいるだけだ"って。


 それがどれだけ心強くて嬉しいことなのか、ふたりにも伝わってると思う。

 ……だからこそ何かできないか、とも思えてしまうが。



 がたごとと揺れる馬車は、街道をゆっくりと進む。

 明日の夕刻にはヴァレニウスに到着予定らしい。


 こうした何も特色の感じられない平原だろうと、長年培ってきた経験からある程度場所の特定ができるのだと御者のサロモさんは話した。

 どう見ても一面の平原だとしても、わずかな起伏で判断してるのだとか。


 特徴的な木や岩、街道のうねりで正確に予測できるらしく、乗合馬車を専門に扱うプロの凄さを垣間見た気がした。


 正直、俺にはどこも同じ場所に見えてしまう。

 こういったことは経験から少しずつ学んでいくものだとサロモさんは笑ったが、それでも純粋にすごいと思えた。



 その日の夕刻ごろ、少しだけ特殊な状況になった。

 北と南、東の3箇所にいるボアが街道近くに来たようだ。

 このまま進むと同時に襲われる可能性が高いと思えた。


 もちろん偶然ではあるが、こういったケースは稀に起こるらしく、むやみに街道を進んでしまうと3方向から同時に襲撃されるため、最悪の場合に繋がることもあるのだとか。


 たとえ全滅しなくとも相手がボアであることを考えれば、馬車の安全も危うい。

 あの質量での突進力は馬鹿にならないから、突破された上に車輪へ突っ込まれると修復不可能なほどの損傷を負う可能性も十分にありうる。


 それを良く知るサロモは、馬車をゆっくりと歩かせながら言葉にした。


「本来なら街道から草原へ入り、大回りに移動することで接触を避けるが、草に隠れた大きめの石に乗り上げるかもしれない。

 車軸が痛むと厄介だし、できれば街道を直進したいんだが、いいだろうか?」

「問題ないだろ。

 夕食前の運動にはちょうどいいしな。

 アタシとサウルで南のやつを、ダニエルは北、ハルトは東のな」

「大丈夫か、ハルト」

「あぁ、問題ないよ」


 ダニエルさんに心配されたが、内心では俺の強さも掴めているんだろうな。

 相手が相手だけに、それ以上訊ねることはなかった。


 特に面倒な個体だとは思えない。

 大きさも気配も通常のボアだ。

 若手冒険者でも十分倒せる。


 ……アートスたちに任せるのは不安だが、あの3人は若手以前の話だからな。

 今は基礎の基礎、体力と筋力作りの真っ最中だし、そこから技術面を習うとして、あと2週間は難しいかもしれないな。


 そんなことを考えている間に迫るボアを俺たちは全滅させた。

 これだけランクA冒険者が揃ってるから、ボアなら障害にもならない。

 恐らくは通常の乗合馬車よりも安全に移動できるだろうな。


 馬車に戻った俺たちを真っ先に称賛したのは、アデラさん親子だった。


「すごいのねぇ、冒険者さんは」

「あんなにいたボアが一瞬で……。

 みなさん、本当にすごいです!」

「あの子もみなさんみたいに強くなれるのかしら……」

「そいつぁ本人の努力次第だな。

 アタシらもここまで来るのに相当の苦労をしてる。

 ま、親父さんが元冒険者で素振りを見てくれてるってんなら下地はそれなりにできてるだろうし、危険だと判断すれば止めるだろうさ」


 なるほどと納得したアデラさんだが、内心ではあまり冒険者にはなってもらいたくはないのだと本音を漏らした。


 それはそうだろうな。

 普通に町で仕事をするよりも遥かに危険な職だからな、冒険者は。

 ある意味では憲兵や兵士、騎士のほうが安全だとも思える。

 どちらも日々の訓練を欠かさないからな。


 ……そういったことを考えれば、アートスたちのほうが遥かに心配だ。

 本音を言えば、一条よりも遥かに危ういからな、あいつらは……。


 パルムを離れた今となっては訓練教官に任せるしかないんだが、それでも俺の心配事が尽きることはなかった。

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