第114話 不思議な縁

 "かけ橋亭、1号館"

 検問所に造られた、ふたつある宿屋の片割れ・・・だ。

 どちらも同じ商会が管理する特殊な宿で、素泊まりのみ1泊1800リネーとなっている。


 この国境検問所は旅人の休憩所として利用されると聞いてたが、まさか思っていた以上の大きさだったとは思わなかった。

 恐らくは30人ほどまで泊まれる宿がふたつ用意されているようで、大人数で訪れても問題なく休めるようになっているみたいだな。


 一挙に押し寄せることがあるんだろうかと思ってしまうが、そこは検問所ということもあって色々あるんだろう。


 ヴァレニウスの近くには、要塞や補給基地のようなものもあると聞いた。

 もっともストレムブラード王国は保守派がとても多いらしく、戦争となる場合にのみ使われるそうだから、現在も必要最低限の騎士が待機してるだけなのだとか。


 俺が敵なら確実に要塞奪取を狙うんだが、思えば国境線があってないようなものだから、行軍すればその時点でそれぞれの町にいるストレムブラードの間者が最速で情報を届けに来るだろうし、大きな問題にはならないと判断しているのかもしれないな。



 この検問所から、ラウヴォラ王国のキュロは基本使えなくなるので、ストレムブラード王国で使われている"リネー"に替える必要があった。


 とはいえ、俺もトルサに戻る必要がある。

 すべてのキュロを両替するのはやめておいた。

 また戻さないといけないし、大金は必要ないだろう。


 現在は10キュロ10.2リネーで取引されていた。

 外貨を替えるにはラウヴォラ王国に近い国境検問所か、最寄りの町に置かれている両替商を利用するのが基本だ。

 大きな商会なら、その場で両替と清算をしてくれることもあるようだ。


 まぁ、40万リネーもあれば旅費には十分だろ。

 足りなくなったら冒険者ギルドで依頼を受ければいい。

 旅立つ前に確認を取ったが、どうやら世界共通でギルドは同じような依頼書が貼り出されているそうだから、これに関しても他国だろうと困ることはないはずだ。


 問題は言葉の壁だが、当然のように独自の言語はそれぞれの国で使われるも、一般人も会話ができるようにと世界共通語で統一されているのだとか。

 ここに違和感を覚えてしまうのは、俺の世界では考えられないようなことだからなのかもしれない。


 そういったところも異世界だからなと思うべきか、それともありえないと判断するのかは人によって違うだろうが、異世界の常識を地球の先進国が常識としてるものに当てはめるのは間違いだと俺には思えてならない。


 ここは魔法や魔物が存在する世界だからな。

 常識的にあり得ないだろと思う方が非常識になりかねない。

 同時に、偏った先入観を持ち続けることは、自身を危険にさらす。


 ……異世界ってのは本当に厄介だな。

 楽観的な性格なら、これほど悩まないだろうな。

 その点、一条は毎日楽しく過ごしてるんじゃないかとも思えて、少しだけ羨ましかった。



 想像していたよりもずっと綺麗な部屋に入った俺たち3人は、ベッドに腰かけながら雑談をしていた。


 パルムからこの検問所までの旅は7日間だったが、ここからヴァレニウスまではさらに4日はかかると聞いたし、こういった屋根とベッドのある場所で休めるのはありがたいと思える人も多いんだろうな。


 そんな俺の思考が読まれたのか、ヴェルナさんは頬を緩ませながら訊ねた。


「なんか、少し残念そうだな、ハルト」

「俺は野外での生活が結構好きみたいだ。

 町もいいけど、みんなで焚火を囲むのが楽しいと思えたんだよ」

「そいつぁ冒険者としちゃいい傾向だな。

 もっとも、外は魔物や盗賊が出るし、そう思えるのは中々貴重だぞ」

「そう言うヴェルナさんも野営は好きだろ?」

「まぁな。

 けど、どっちかっていやぁ、野営が好きってわけでもねぇんだよ」

「お前はイノシシ追いかけるのが好きなんだよな!」

「ちげぇ……くもねぇが、そこは否定させてもらう」


 サウルさんの言葉に強く反論しかけたが、どうやらまんざらでもなさそうだ。

 だがヴェルナさんが言いかけた言葉も、俺たちは分かったような気がした。


「アタシはさ、空の下・・・が好きなんだ。

 広い広い空を見てると"自由"を実感できる気がするんだ」


 そう答えるような気がしてたよ。

 ヴェルナさんは時々空を見上げてたからな。

 俺たちも釣られて何もない空を見ながら、穏やかな空気を感じてた。


 分かるよ、その気持ち。

 肌に触れる柔らかい風の心地良さも、空に舞った草の青々しい香りも。

 全身を包み込む太陽の暖かさも、緩やかに流れる白い雲も。

 宝石を散りばめたかのような星々や、優しく照らす月も。


 そのどれもが俺の心に残るほど印象的なもので、外じゃなければ感じられないものだ。


 そういうところも、俺たちは似ているんだろうな。

 同じものを同じように感じ、同じものに癒しを得てることが多い。


 本当に不思議な縁だと心から思うよ。

 俺たちは生まれ育った世界こそ違うのに、どこか根本的なものはとても似通っていると思えてならなかった。

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